篠原鳳作とは?

Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 作家 > 歌人 > 歌人 > 篠原鳳作の意味・解説 

篠原鳳作

篠原鳳作の俳句

あぢさゐの毬より侏儒よ駆けて出よ
あぢさゐの花より懈くみごもりぬ
うるはしき入水図あり月照忌
しんしんと肺碧きまで海の旅
しんしんと肺碧きまで海の旅
にぎりしめにぎりしめし掌に何もなき
ふるぼけしセロ一丁の僕の冬
をさなけく母となりゆく瞳のくもり
向日葵の黄に堪へがたくつるむ
夜々白く厠の月のありにけり
夜もすがら噴水唄ふ芝生かな
太陽に襁褓かかげて我が家とす
我も亦ラッシュアワーのうたかたか
日輪をこぼるる蜂の芥子にあり
月光のおもたからずや長き髪
浜木綿に流人の墓の小ささよ
満天の星に旅ゆくマストあり
炎天につかへてメロン作りかな
蟻よバラを登りつめても陽が遠い
赤ん坊の蹠まつかに泣きじやくる
颱風や守宮は常の壁を守り
 

篠原鳳作

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/03/05 01:11 UTC 版)

篠原鳳作(しのはら ほうさく、1906年1月7日 - 1936年9月11日)は、鹿児島県出身の俳人。本名は篠原国堅(くにかた)[1]。旧号は未踏、雲彦。1906年(明治39年)、鹿児島市で生まれる。鹿児島県立第二鹿児島中学校(16回卒=大正12年[2]を経て、1929年東京帝国大学法学部卒。病弱のため都会での就職を避け郷里で句作に没頭。1931年より教諭として沖縄県立宮古中学校に赴任、1934年に結婚を期に母校の鹿児島二中に転任した。


  1. ^ 琉球新報サイト内「沖縄コンパクト辞典」
  2. ^ 「甲南 第5号」鹿児島県立甲南高等学校編、1956年
  3. ^ 『現代の俳人101』 68-69頁。
  4. ^ 『現代俳句ハンドブック』 45頁。
  5. ^ 『現代俳句大事典』 264-265頁。
  6. ^ 「篠原鳳作」in「青」2000年 文化交流誌 釧路市
  7. ^ 篠原鳳作と二季会/瑞慶山 昇


「篠原鳳作」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「篠原鳳作」の関連用語

篠原鳳作のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



篠原鳳作のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
現代俳句協会現代俳句協会
Copyright(C) 現代俳句協会
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの篠原鳳作 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS