稻葉正勝とは? わかりやすく解説

稲葉正勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/13 07:34 UTC 版)

 
稲葉 正勝
稲葉正勝像(養源寺蔵)
時代 江戸時代前期
生誕 慶長2年(1597年
死没 寛永11年1月25日1634年2月22日
改名 千熊(幼名)→正勝
別名 通称:宇右衛門
戒名 紹大道号古穏
墓所 神奈川県小田原市長興山紹太寺
東京都文京区 養源寺
官位 従五位下丹後
幕府 江戸幕府
主君 徳川家光
常陸柿岡藩主→下野真岡藩主→相模小田原藩
氏族 稲葉氏
父母 父:稲葉正成、母:春日局稲葉重通養女、斎藤利三娘)
兄弟 正次正勝、正定、正房、正利正吉
まん(堀田正吉正室)、朽木稙綱正室
養兄弟:政貞
山田重利
正則(次男)、酒井忠能正室
テンプレートを表示

稲葉 正勝(いなば まさかつ)は、江戸時代前期の大名老中常陸国柿岡藩主、下野国真岡藩2代藩主、相模国小田原藩初代藩主。正成稲葉家宗家2代。母は春日局斎藤利三の娘)。甥に堀田正盛

生涯

慶長2年(1597年)、稲葉正成の子として誕生。

母・春日局江戸幕府3代将軍徳川家光乳母となったことから、乳兄弟として幼少時より家光に小姓として仕え、将来を期待された。

元和7年(1621年)、書院番頭に任じられる。元和9年(1623年)に年寄衆(老中)に任じられ、寛永元年(1624年)には常陸真壁郡に5000石を加増され、それまでの所領と合わせて柿岡藩1万石を領する大名に列する。同時に従五位下丹後に叙任した。同年、松平忠昌御付家老だった父・正成が主家の越前福井藩転封に従わず出奔したため幕府から懲罰を受け、自領内にて身柄を預かる(名目上の扱いは謹慎処分)。寛永4年(1627年)に正成は下野真岡藩の大名に復帰するも、まもなく死去したため父の遺領を相続して下野真岡藩4万石となる。正成は稲葉重通の婿養子で、本来であれば重通の娘との間に生まれた長男の稲葉正次が嫡男として家督を継ぐはずが、後妻である春日局(重通の姪で養女)の功績により正勝が嫡男とされた。

寛永9年(1632年)には、肥後国熊本藩加藤忠広改易に際して熊本城接収の副使を務め、これにより相模小田原藩8万5千石へ加増転封された。

しかし幕政での激務が堪えたのか、寛永10年(1633年)の夏頃から吐血するなど体調を著しく悪化させ、翌寛永11年(1634年)に死去した。享年38。次男の正則が跡を継いだが幼少であったため、母方の伯父の斎藤利宗、次いで甥の堀田正盛が後見人となった。

死の直前、徳川忠長に仕えていた弟・正利が忠長の改易に連座して配流処分にされることを知ると、死の床に伏していた正勝は最期の気力を振り絞って幕府に懇願し、縁戚に当たる細川忠利[注釈 1]の熊本藩への流刑を求め、更に遺言で忠利にあてて50貫目を託し、正利が赦免されるまでの保護を依頼している[1]。また、5千石の旗本に留まった異母兄・正次の遺児が正次の死去当時に幼少であるためにその5千石も継げなかったことを憐れんで新田から5千石分を2人の甥に分け与えている。

稲葉正勝が登場する作品

テレビドラマ

漫画

脚注

注釈

  1. ^ 正勝の外祖父斎藤利三は、忠利の外祖父明智光秀の親族でその重臣であった。

出典

  1. ^ 『大日本近世資料』細川家史料「細川忠興書状」寛永11年3月5日・21日付。

稲葉正勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/21 15:17 UTC 版)

神君幻法帖」の記事における「稲葉正勝」の解説

竹千代君小姓春日局長男

※この「稲葉正勝」の解説は、「神君幻法帖」の解説の一部です。
「稲葉正勝」を含む「神君幻法帖」の記事については、「神君幻法帖」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「稻葉正勝」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

稻葉正勝のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



稻葉正勝のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの稲葉正勝 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの神君幻法帖 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS