福岡天神店
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 07:14 UTC 版)
1953年(昭和28年)6月15日に福岡市の商都・博多呉服町の交差点南東角に立つ東邦生命ビル(現呉服町ビジネスセンタービルの辺り)で開業した。社名が現在でも「博多大丸」となっているのは、このためである。開店させた当初は博多駅からも近い場所にあったが、博多駅が南へ300m離れて現在の場所に移転してからは客足も遠のいていった。ビルの低層に博多大丸が入居し、高層階に博多帝国ホテルが入居していた。 1975年(昭和50年)、西日本新聞社が天神地区の本社を商業施設とオフィスの兼業ビル「西日本渡辺ビル」に建て替えた際、その下層階に移転した。移転当初は天神地下街とはつながっておらず苦戦したが、専用の通路が完成して以降はテレビショッピングを通じてTNCテレビ西日本との関係も強め、福岡市における高級百貨店としての地位を確立した。ただ、TNCには近年ジャパネットたかたや福岡県内に本社を置くトーカ堂などが進出したこともあり、TNCでのテレビショッピング放送は無くなっている。1997年3月には、東隣の再開発地区に完成したエルガーラに核テナントとして入居し東館とした。 神戸以西では大丸グループ最大の店舗であり、大丸本体が松坂屋と経営統合したことによるJ.フロント リテイリング社発足に際しては、九州地区の重要拠点として位置づけられている。 このため、経営統合に浮揚のきっかけをつかもうとしていた。しかし、天神のメインストリート渡辺通りの向かい側にある福岡三越と、地元老舗の岩田屋を完全子会社化した伊勢丹が、2009年に「三越伊勢丹ホールディングス」として経営統合し、連合を組んだ。更に、2010年10月1日には三越伊勢丹HDSの完全子会社として、新たに岩田屋三越が発足、岩田屋と三越が完全にタッグを組む形となった。このため、天神地区では、渡辺通りを挟んで2大デパート資本が激突する事態となった。さらには、2011年3月のJR博多シティが開業し、九州新幹線全線開業を機に核テナントとしてエイチ・ツー・オー リテイリング傘下の博多阪急(阪急百貨店)が参入した。
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