相楽左之助の血縁者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 14:22 UTC 版)
「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-の登場人物一覧」の記事における「相楽左之助の血縁者」の解説
※東谷家の名前の由来は方向(上下ェ門、左之助、右喜、(中)央太、ななめ)。 東谷上下ェ門(ひがしだに かみしもえもん) 身長172cm、体重65kg。1838年2月生まれ。登場時点で40歳。水瓶座、血液型B。特技:編み笠作り。趣味:喧嘩・煙草。左之助の父親。出身地の長野県在住。一人称は「俺」。妻・菜々芽(ななめ)は2年前に他界し、男手一つで娘と息子を養っている。大根を栽培する農家だったが、宿場一帯を支配するヤクザに畑を潰され、今は編み笠を作って家計を支えている。喧嘩は人一倍強く、不意打ちの弓矢も軽々と受け止めてしまう。名前は越路町(現:長岡市)東谷地区に由来。[要出典]技 親父の熱き魂(おやじのあつきたましい) ギャグ技。煙管の吸殻を飛ばして、相手の鼻の上に乗せる。 親父の竜巻投げ(おやじのたつまきなげ) 豪快に投げる技。左之助を竜巻状に投げ飛ばした。 完全版第22巻の再筆:ねじり鉢巻きが太くなり、長く伸ばした後ろ髪を結っている。 東谷右喜(ひがしだに うき) 1863年(文久3年)生まれ。登場時点で15歳。血液型A。左之助の妹。性格はしっかり者で気が強い。一人称は「私」。幼い頃に左之助が赤報隊に入隊するために家を飛び出したため、彼が自分の兄と気付いたのは別れた後だった。兄が家を飛び出し、母親と死別してから、何よりも家族を失うことを恐れる過保護の心配性。半分額を見せる髪形をしているため、左之助から「半デコ」と呼ばれる。左之助との再会から1882年(明治15年)までの間に結婚した模様。完全版第22巻の再筆:おかっぱの髪型で、カチューシャを着用。 東谷央太(ひがしだに おうた) 1873年(明治6年)生まれ。登場時点で5歳。血液型AB。左之助の弟。左之助が家を飛び出してから産まれたため、成り行き上、左之助が実家のある村に帰って来るまで会ったことがなかった。姉(右喜)から、過保護に育てられたため、気弱で人見知りな性格になってしまったが、兄と出会ったことで強くなろうと決意し、彼が再び東京へ戻った後には服の背中に「悪一文字」を刺繍してもらった。後に兄の勧めで神谷道場に入門する。左之助からは「丸ホッペ」と呼ばれる。 5年後の『北海道編』でも登場しているが、新市から神谷道場四天王の1人に数えられている。四天王は彼と新市と由太郎らしいが4人目は不明など、かなり適当。道場で行われた「総当たり試合」では上位にかすってもおらず負け惜しみをしている新市の隣で「所詮は自称ですから」と自嘲している。父親の上下ェ門や実の兄(とは知らない)左之助に似て身体の成長は著しく10歳にして新市よりも背が高い。完全版第22巻の再筆:髪型を月代に刈っており、後ろ髪を結っている。
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