相楽家とは? わかりやすく解説

相楽家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/11 07:33 UTC 版)

相楽家
本姓 藤原北家二条流富小路家庶流
家祖 相楽富道
種別 公家
華族男爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
神奈川県茅ヶ崎町下高砂
凡例 / Category:日本の氏族

相楽家(さがらけ[1])は、藤原北家二条流富小路家庶流にあたる華族男爵家。いわゆる「奈良華族」の一つ[2]

歴史

富小路敬直子爵の次男相楽富道を祖とする。富道は幼少にして奈良興福寺に入れられて同寺慈門院住職となっていたが、明治元年(1868年)に勅命により復飾し、明治2年(1869年)に堂上格を与えられて一家を起こして相楽を家号とした[1]

家名は、江戸時代の富小路家当主永長の四男利直が分家した際に相楽を称したのに由来する(彼一代で絶家)[3]

明治8年(1875年)に特旨をもって華族に列し[1]、明治17年(1884年)7月7日の華族令施行で華族が五爵制になると、翌8日に富道の子相楽綱直が男爵に叙された[2]。綱直の夫人は中園実受子爵の娘澄子[4]

嵯峨公勝侯爵の四男相楽公愛が綱直が養子に入った。公愛は警視庁の警察官だった[5]。彼の代の昭和前期に相楽男爵家の住居は神奈川県茅ヶ崎町下高砂にあった[1]。昭和18年(1943年)の公愛の戦死後継嗣を欠いて失爵した[2][4]

脚注

出典

参考文献


相楽家(さがらけ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/30 21:10 UTC 版)

なつぽち」の記事における「相楽家(さがらけ)」の解説

和風平屋建て日本家屋。庭に面して長い縁側がある。庭には古い土蔵建ち、また小さな畑があって、美咲食材になる野菜などを育てている。

※この「相楽家(さがらけ)」の解説は、「なつぽち」の解説の一部です。
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