相撲のエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 00:02 UTC 版)
勝率.962は歴代横綱幕内最高勝率の梅ヶ谷藤太郎(.951)をも凌ぐ。連勝記録は44連勝(史上8位)で、単独の連勝記録ではやや譲る代わりに30連勝以上を4回記録している。雷電以降でこれを達成したのは6場所制での大鵬・白鵬のみである。 1場所で2敗することが一度も無く、同じ相手に2度負けたのは上記の市野上浅右エ門だけだった。 真実性については疑問が強いが、雷電のあまりの強さに「鉄砲(突っ張り)」「張り手」「閂」「鯖折り」を禁じ手とされたという。これは有名な話で、雷電の閂によって八角政右エ門の腕がへし折られたと伝わる。これらは多くの相撲講談で語られ、相撲について記された多くの本にも記載されている。しかし、池田雅雄(1915年生)によると、彼が子供の頃、近所に嘉永(1848年〜1854年)生まれの老人がいて、その老人が 「実見している祖父から聞いているが、突っ張り専門の雷電に、そんなバカなことはない」 と否定していたという。雷電の幕内総成績のうち引き分けが二回だけというのは江戸時代の力士としては非常に少ない数字であり、間接的ながら伝えられた実見談のとおり、突き押し主体の攻撃型の相撲であった可能性が高いと考えられる。 2006年5月場所における把瑠都凱斗の身長・体重がともに雷電と全く同じ数字だった。力士が大型化した21世紀においても把瑠都の体格の大きさは群を抜いているが、平均的な体格が現代に比して著しく小さな当時の日本における雷電の巨漢ぶりは相対的にそれ以上のものであっただろう。現存する雷電の手形は長さ23.3cm、幅13cmであり、これは把瑠都のものよりも大きい。
※この「相撲のエピソード」の解説は、「雷電爲右エ門」の解説の一部です。
「相撲のエピソード」を含む「雷電爲右エ門」の記事については、「雷電爲右エ門」の概要を参照ください。
- 相撲のエピソードのページへのリンク