爵位継承後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/03 07:26 UTC 版)
「チャールズ・レノックス (第4代リッチモンド公爵)」の記事における「爵位継承後」の解説
1806年に叔父の第3代リッチモンド公爵が生涯未婚のまま死去すると、リッチモンド公爵を継承した。翌年にはアイルランド統監に就任、1813年まで同職を務め上げている。また、公爵は統監在職中の1812年にガーター勲章を叙勲している。 統監職を辞すると、経済的な事情から一族の邸宅グッドウッド・ハウス(英語版)を離れて、家族をブリュッセルに移住させている。公爵自身はハル警備司令官(英語版)職を引き受けて、翌年までその職責を全うした。また、1814年には陸軍大将に昇っている。 1815年にエルバ島を脱出し皇帝に復したナポレオンがその余勢を駆ってベルギー方面へと進出した際、公爵は家族とともにベルギーに住んでいたが、その後に起こったワーテルローの戦いに参加することはなかった。ただし、シャーロット公爵夫人は後世に史上最大の形容とともに長く語り継がれたパーティー『公爵夫人主催ウォータールー・ボール(英語版)』を催している。このパーティーは、ナポレオンを迎え撃つべく出陣するウェリントン将軍とその幕僚を督戦・激励すべく開催したものであった。
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