澄川道男とは? わかりやすく解説

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澄川道男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/09 13:11 UTC 版)

澄川 すみかわ 道男 みちお
1939年、フランス駐在武官時代にパリで撮影
生誕 1896年8月5日
日本 山口県山口市
死没 (1977-06-18) 1977年6月18日(80歳没)
日本 山口県山口市
所属組織  大日本帝国海軍
軍歴 1914年 - 1945年
最終階級 海軍少将
勲章 勲三等旭日章、勲二等瑞宝章、金鵄勲章功四級、仏国金鵄勲章レ・ジョンド・スール三級
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澄川 道男(すみかわ みちお、1896年〈明治29年〉8月5日 - 1977年〈昭和52年〉6月18日)は日本の海軍軍人。海兵45期。最終階級は少将。勲三等旭日章勲二等瑞宝章金鵄勲章功四級、仏国金鵄勲章レ・ジョンド・スール三級。[1]

戦前~戦中

1896年(明治29年)8月5日、山口県吉敷郡山口町(現:山口県山口市)で出生、旧制山口中学(現在の山口県立山口高等学校)では後に総理大臣となった岸信介と首席の座を競った[2]。1914年(大正3年)海軍兵学校入学、卒業後は主として航空畑、参謀畑を歩んだ。1937年(昭和12年)フランス国大使館附武官(駐在武官)。海軍大佐時代には水上機母艦瑞穂」艦長(1940年10月15日 - 1941年9月5日)、航空母艦飛鷹」艦長(1942年11月21日 - 1943年8月15日)を務めている。1945年(昭和20年)トラック島にて米軍に降伏。抑留後復員。

ペリュリュー島における残留日本兵34名投降の功績

1947年、澄川少将はトラック島より移送されグアム島で抑留中、ペリュリュー島に残留の日本兵の投降への説得を打診されこれを受諾(身柄の保証と戦犯扱いをしないという約束と引き換えだったともいう)。[3]。ペリュリュー島に赴きまず3月23日に「ペリュリュー日本人諸君へ」「ペリュリュー島残存の日本軍部隊ニ告グ」という2種の文書を配布したが反応は無かった。3月31日に再度「再度ペリュリュー島残存の日本軍将兵ニ告グ」という文書を配布し、ジャングル内をハンドマイクを持って呼びかけに回った。この時は日本兵との接触はなかったものの、文書は日本兵に回収されており、日本兵の間に微妙な心境の変化をもたらしていた。彼らはアメリカ軍から奪取した物資や手作りの生活用品を用いながら2年近く洞窟内で生きながらえていたが、文書に反応した兵士の1名(土田喜代一)が4月2日に脱走し米軍に投降した。[4]残りの者たちはかたくなに投降を拒否していた。澄川少将は一計を案じ、投降した日本兵から聞き出した日本の住所にに連絡を取り、家族に投降を呼びかける手紙を書いてもらった。(100通以上が集まったとされる)。[5]その手紙を持ち、投降した日本兵の案内で彼らが潜んでいる洞窟に向かった。米軍からは、今回の説得が失敗すれば洞窟に火炎放射器を撃ち込み日本兵を掃討すると告げられており、[6]。文字通り最後のチャンスであったという。洞窟の前で手紙を読み始めると、しばらくして銃を構えた日本兵が出てきて声をかけてきたので、澄川少将は単身洞窟内に入り手紙を渡しながら彼らを説得した。やがて彼らは説得に応じて投降を決意し、4月22日に澄川少将の誘導により洞窟を出て米軍に投降した。その数34名。日本に復員した彼らは後に「三十四会」(みとしかい)という戦友会を結成している。ちなみに漫画「ペリュリュー楽園のゲルニカ」に登場する鬼塚少将は澄川少将をモデルにしている。[7]

ペリュリュー島の澄川少将(左端)

戦後

1947年(昭和22年)より横須賀米軍基地で技術顧問として勤務し、1961年(昭和36年)に退職後は実家のある山口市に戻り、小学生から高校生に英語・数学を教える塾を開いてそこで生涯を過ごした。また1964年(昭和39年)より山口海交会会長を務める。1977年(昭和52年)6月18日山口市にて死去、享年80歳。

軍歴

脚注

  1. ^ 山口海交会会報10号「澄川道男会長追悼特別号」4ページ
  2. ^ 山口海交会会報10号「澄川道男会長追悼特別号」5ページ。岸信介本人の投稿より
  3. ^ 玉砕の島ペリュリュー」303ページ
  4. ^ 玉砕の島ペリュリュー」320ページ
  5. ^ 玉砕の島ペリュリュー」341ページ
  6. ^ 玉砕の島ペリュリュー」348ページ
  7. ^ ペリュリュー楽園のゲルニカ」77話「田丸均」78話「戦場の匂い」



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