江戸時代の窯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 00:57 UTC 版)
江戸時代ごろの窯跡としては「元屋敷窯跡」、「堂平窯跡」、「五本松窯」、「御定式窯」(鹿児島県指定史跡)、「東打通窯」、「ウチコク窯」、「南京皿山窯跡」、「雪山遺跡」がある。 堂平窯跡は現在の南九州西回り自動車道の美山パーキングエリア付近にあった遺跡であり、1998年(平成10年)に周囲で発掘調査が行われた際に第14代沈壽官らの証言によって1基の窯が発掘された。堂平窯は1620年代頃から17世紀後半まで使用されていたとみられ、遺跡からは窯、作業場、物原、陶器や瓦が発見された。初期は朝鮮陶器の器形をした陶器が作成されていたとみられるが、日本での需要に応じて朝鮮的様相が徐々に消失していった。堂平窯跡から出土した出土品は鹿児島県立埋蔵文化財センター(霧島市国分上野原縄文の森)に保管されており、「堂平窯跡出土品」として鹿児島県指定の有形文化財となっている。また遺跡地は南九州西回り自動車道の建設に伴って一部が破壊されたが、窯は下伊集院郵便局付近の公園に移設保存され、日置市指定の考古資料となっている。
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