桜井規矩之左右とは?

桜井規矩之左右 さくらい きくのすけ

桜井規矩之左右の肖像 その1
嘉永元年6月6日大正元年11月27日18481912

千葉生まれ。海軍軍人。佐倉藩士をへて、明治4年(1871)海軍入り20年(1887)少佐日清戦争では比叡艦長として、特に黄海海戦功績を残す。その後松島千歳橋立艦長歴任した。33年(1900)海軍砲術練習所長34年(1901)後備役老後は、和歌謡曲などに親しむ。

キーワード 海軍軍人

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桜井規矩之左右

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/12 14:26 UTC 版)

桜井 規矩之左右(さくらゐ きくのすけ、嘉永元年6月6日1848年7月6日) - 大正元年(1912年11月27日)は、日本武士大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校3期。最終階級は海軍少将海軍砲術学校長、巡洋艦比叡」「松島」「千歳」「橋立」の艦長を歴任。


  1. ^ a b c d e f g h i j k 海軍少将正五位勲五等功四級桜井規矩之左右」 アジア歴史資料センター Ref.A10112749000 
  2. ^ 『官報』第177号「叙任」1884年2月4日。
  3. ^ 『官報』第1970号「叙任及辞令」1890年1月25日。
  4. ^ 『官報』第3453号「叙任及辞令」1895年1月4日。
  5. ^ 『官報』第4402号「叙任及辞令」1898年3月9日。
  6. ^ 『官報』第5415号「叙任及辞令」1901年7月22日。
  7. ^ 『官報』第1925号「叙任及辞令」1889年11月27日。
  8. ^ 『官報』第3430号「叙任及辞令」1894年12月3日。
  9. ^ 『官報』第3676号「叙任及辞令」1895年9月28日。
  10. ^ 『官報』第100号「叙任及辞令」1912年11月29日。
  11. ^ 人事興信所編『人事興信録』第6版、1921年、を171頁。


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