星図と天文学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 04:08 UTC 版)
コペルニクスの地動説が世に認められるようになるまでは、占星術と天文学の歩みは同じであった。生活実感として納得できる天動説を離れ、論理的に理解するしかない地動説が市井の人々に受け入れられつつあった時代、神秘主義と共にある占星術を母胎として天文学が徐々に分化し始め、神秘主義には無い自然科学的思想をもって発達し始めた。星図は、天文学においても、この学問分野の発達と連携する形で数を増やしていった。そういった流れのなかで、天体配置の記録という元来の役割を保持する一方で、星図は個々の星々に人々が関心を寄せるきっかけにもなった。 「天体は天球の屋根に張り付いたように存在し、あるいは天球に沿って移動するもの」という原始以来の世界観・宇宙観を信じて疑わなかった時代や、疑いつつも捨てられなかった時代、天球の星々の配置と移動の法則を無視するように不規則移動する一部の星々は、星図を作ろうとする観測者にとって悩ましい存在であった(cf. 順行・逆行、惑星・遊星という呼称の由来)。謎が解き明かされたのちを生きる我々と違って「太陽系」および「太陽系内の天体」という概念が無いのでは、それは理解しようの無い事象であった。また、1年から数十年周期で観測した程度ではその周期性に気付けるものではなかった。しかしそれでも古代から連綿と続く幾世代にもわたる観測者たちの記録によって星図内にその運行の周期性が見出されるようになり、それらの記録から、ニコラウス・コペルニクスやティコ・ブラーエ、ガリレオ・ガリレイ、ヨハネス・ケプラーなどの研究へと引き継がれ、その分野は天体物理学へと発展していった。こういった星図のなかには彗星など人間の寿命より長い周期で観測される天体現象が記録されている場合もあり、過去の星図の調査から彗星の軌道要素が割り出されたケースも多い。
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