易断史料
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/31 03:14 UTC 版)
彼の著作中、祖母の福永ウメから受け継いだ『かたいぐち記』『異端記』のことは、まとめて「易断史料」と呼ばれていることが多い。この「易断史料」については、最後まで公開が行われず、また著書の中でも、原文らしきものがほとんど引用されていないことから、その実在自体も疑われる。そのため、現在ではその内容のみならず実在性についても、彼が残した文章から間接的に推察せざるを得ない。『かたいぐち記』については、彼が記した次の具体的な説明から、なんらかの記録は実在したことをうかがわせる。「真方衆は、-中略- 岩屋梓梁に関する情報、資料蒐集につとめ、その逐一報告は、谷山(旧谷山郷、現在鹿児島市南部)下福元に岩屋梓梁が建立した清泉寺代々の住持が、禅宗の教線と薩摩藩学匠達が清泉寺で行った『参学会』(参禅を口実とした岩屋梓梁研究発表会)から得た知識と共に取捨選択して誌し、秘密保持の必要上、記録の嵩を小さくして後世に分かり易く残すためにすべて楷書をもって念入りに誌され『かたいぐち』と表記して、厚さ五十厘ほどに達している。」
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