日本画・浮世絵の描き手としての「絵師」とは? わかりやすく解説

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日本画・浮世絵の描き手としての「絵師」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/24 20:23 UTC 版)

絵師」の記事における「日本画・浮世絵の描き手としての「絵師」」の解説

『日本書紀』には、崇峻天皇元年588年)条に、「画工白加(えたくみ はくか)」の名や推古天皇12年604年)条の「黄書画師(きふみのえかき)」、「山城画師やましろえかき)」の記事がある。また、聖徳太子伝暦」ではこの他に、簀秦(すはた)画師河内(かわち)画師(なら)画師記述がある。この時代6世紀末から8世紀にかけて)の画師寺院壁画石室内壁画など、宗教壁画としての絵仏師活動しており、遺物として壁画破片出土している(一例としては、法隆寺若草伽藍跡)。 律令制の下で画工司設置されて、画師などが配置され宮中用い絵画などの作成行った画工司平安時代初期廃止されたが、程なく蔵人所支配下画所呼ばれる令外機関として復活して再び画師配置された。 江戸期以前日本には芸術家としての「画家」という概念無く絵画専門家絵を描く技能長けた技能者あるいはその仕事をする職人と見なされていた。技能長けた者を意味する「師」という字が用いられるのもそれ故である。 浮世絵版画特に木版画の技法複数職人により原画から版が作られ多くの数が刷られるものである。そのため絵師現代でいう所のアニメーションゲーム原画のような側面持ち合わせていた。元の絵を描く人を絵師または下絵師、それを版画に彫る人を彫師、紙に摺る人を摺師といった。 江戸期絵師は「御用絵師」と「町絵師」に分かれており、御用絵師では狩野派土佐派町絵師では円山派四条派が有名であった。 なお、日本画浮世絵等以外で実用的な国絵図村絵図など絵図類作者について絵図師と呼ばれる

※この「日本画・浮世絵の描き手としての「絵師」」の解説は、「絵師」の解説の一部です。
「日本画・浮世絵の描き手としての「絵師」」を含む「絵師」の記事については、「絵師」の概要を参照ください。

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