文理大本館の竣工・増築
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「広島大学旧理学部1号館」の記事における「文理大本館の竣工・増築」の解説
広島大学の旧制前身校の一つである(旧制)広島文理科大学は、1929年(昭和4年)4月、当時の広島高等師範学校と同じ東千田町の校地(現在の東千田公園)内に設置・開学したが、前年の1928年4月から4期にわたる大学施設の築造が始まったものの、開学時点では校舎の築造が間に合わなかったため、文理大の教室・研究室や事務室は隣接する広島高師の校舎に間借りすることをよぎなくされた。広島文理科大学本館は、第3期工事として1930年2月、それまで高師の運動場であった場所に着工し、翌1931年6月、に一部が竣工し、文理大の各学科教室・研究室が本館に移転した。設計は文部省大臣官房建築課であるが、実際の設計チーフは文部技官の西村勝であったとされており、施工は大倉土木が担当した。この時点では中庭を囲むコの字型の鉄筋コンクリート構造3階建で、正面間口が80m近くあるなど当時としては巨大な建物であり、玄関ホールや腰壁に大理石が張られていた。その後も建物の増築は進み、1933年に終了した第4期工事により現状のヨの字型となり完成をみた。
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