叙階
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叙階(じょかい)とは、キリスト教カトリック教会の秘跡(サクラメント)の一つで聖職者を任命すること。
正教会では神品機密(叙聖)に相当。聖公会では聖職者按手(叙任)に相当するが、聖奠ではなく聖奠的諸式に位置づけられる[1][2]。プロテスタント教会では按手礼に相当するが、サクラメントとは位置づけられていない。
概説
カトリック教会の位階制度では、聖職位階のとして聖座に奉仕する司教は別として「司祭、助祭、副助祭」の上三段、その下位として「侍祭、祓魔師、読師、守門」下四段の合わせて7つの叙階への段階が中世より存し、トリエント公会議において公式に教理として定められた。
しかし、第2バチカン公会議においては、叙階の秘跡の充満が司教職にあることが確認され、聖職位階は司教・司祭・助祭と定められた。また、助祭に属する副助祭が聖職位階の下位に変更され、さらに教皇パウロ6世の1972年8月15日の自発教令『ミニステリア・クエダム(Ministeria quaedam)』により、これまで聖職位階の下位にあったものは位階制からは除外され、読師は「朗読奉仕者」、侍祭は「祭壇奉仕者」として信徒の使徒職、奉仕職となった。
カトリックのローマ典礼において聖職位階を受けるものは男性で、終生独身でなければならないが、終身助祭に関しては既婚者を認めることもある。一般的に司祭に対しては神父という敬称が用いられている。
なお、カトリックにおいても、東方典礼カトリック教会など非ローマ典礼の場合、司祭の妻帯が認められている。またローマ典礼においても聖公会からの改宗司祭の場合、特例として妻帯が認められることがある。
脚注
関連項目
叙任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/20 01:19 UTC 版)
条約の叙任条項は1530年のアウクスブルク帝国議会(英語版)で発効、ポメラニア公バルニム11世とゲオルク1世がはじめて公国を封土として正式に受け取った。皇帝カール5世と選帝侯たちが議会に入り、着席した後、ヨアヒム1世が公式にグライフ家の叙任への反対を宣言、ただし儀式への参加とポメラニアの旗に触れることを許可された場合はそれで満足するとも述べた。皇帝はヨアヒム1世の抗議を受け取った。ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯ゲオルクもヨアヒム1世の抗議に同意した。 続いて、バルニム11世とゲオルク1世、そしてその随員たちがポメラニア、シュテッティン、カシュバイ(英語版)、ヴェンデン、バート(英語版)、リューゲン、ヴォルガスト、ウーゼドム、ブッコウ(英語版)の旗を持って議会に入り、皇帝に渡した。彼らは跪いて皇帝に忠誠を誓った。ヨアヒム1世が再び抗議に声を上げ、そしてポメラニア公が皇帝から旗を受け取ると、ヨアヒム1世は前に進んで旗に手を触れた。これ以降の全ての叙任式に同様の儀式が行われた。
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