攻撃ヘリコプターの発達
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 04:44 UTC 版)
「攻撃ヘリコプター」の記事における「攻撃ヘリコプターの発達」の解説
ソビエト連邦も1960年代中盤より攻撃ヘリコプターの開発に着手しており、1972年にMi-24として結実した。これはMi-8をベースとしているため兵員室を備え西側の攻撃ヘリコプターよりも大型で多用途に使用できる。ただしアフガニスタン紛争では攻撃ヘリコプターの所要に対してMi-24の機数が足りなかったこともあり、Mi-8を元にした武装ヘリコプターも広く用いられた。その後、兵員輸送能力を省いた次世代攻撃ヘリコプターの開発も進められ、Ka-50およびMi-28が実用化された。ただしアフガニスタンでは、スティンガーを筆頭とする携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)が大規模に実戦投入されたことで、ヘリコプターに少なからぬ損害が出ただけでなく行動が大きく掣肘され、その限界も明らかになった。 アメリカ軍は、前述のAH-1シリーズの改良をすすめるのと並行して、1972年からはその後継機のためのAAH (Advanced Attack Helicopter) 計画をスタートさせており、1982年にはこれに基づいて開発されたAH-64 アパッチの生産が承認された。同機は主要部であれば23mm焼夷弾に耐える抗堪性に優れた新設計の双発機で、また後発であるため最新鋭のヘルファイア対戦車ミサイルを搭載し武装も充実していた。このような本格的な攻撃ヘリの出現もあって、ヘリコプターは対戦車部隊として本格的に独立して運用された。また、エアランド・バトルで重視された機動打撃の一翼を担うことが構想され、湾岸戦争では開戦第一撃を担当した。 一方、ヨーロッパ諸国では専用の攻撃ヘリコプターはなかなか開発されずに、汎用ヘリコプターに対戦車ミサイルを搭載して武装ヘリコプターとして運用する期間が長く、イギリス陸軍はリンクス、フランス陸軍はガゼル、西ドイツ陸軍はPAH-1を運用していた。その後、ヨーロッパ初の攻撃ヘリコプターとしてイタリアでA129 マングスタが開発されて、1983年に初飛行した。またフランスとドイツは、それぞれの武装ヘリコプターの後継機を共同で開発することとして、ティーガーを実用化した。 ロシアのMi-24A イスラエルのAH-64 スペインのティーガー
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