性愛の歌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 06:13 UTC 版)
中城ふみ子と言えば「性と愛の歌人」であるというイメージがある。ふみ子を発掘した中井英夫も、「中城といえばすぐ愛と死のドラマとなる」と書いている。渡辺淳一は「彼女は天性の男を惹きつける魅力をもち、そしてそれを武器に、多くの男性からさまざまなエキスを吸いとり、歌に昇華させていったのかもしれない」と評している。また菱川善夫は「本質において、中城ふみ子は母であるよりも女であった」と見なしている。 事実、ふみ子の短歌には 灼きつくす口づけさへも目をあけて受けたる我をかなしみ給へ のような、愛と官能を大胆に詠み込んだ作があり、このような作品は過剰とも見える演技性とともに、当初、歌壇からの非難や困惑を招いた。 また別夫、中城博に対する愛憎を詠んだ歌もまた評価が高い。 衿のサイズ十五吋(インチ)の咽喉仏ある夜は近き夫の記憶よ ふみ子は衿のサイズ15インチという別れた夫が着ていたワイシャツの衿のサイズで、肉体への記憶を呼び覚まし、別夫への思いを肉体的な記憶から詠んでいる。渡辺淳一はこの表現のリアリティーの高さ、巧みさを絶賛しており、歌人の今野寿美は、「先妻に「衿のサイズ十五インチの咽喉仏」なんて言われたら、私が後妻であったら退散しちゃう」ほどの迫力ある表現と評価している。 その一方で、 胸のここはふれずあなたも帰りゆく自転車の輪はきらきらとして 大森卓との関係が切れた後に一時期交際していた、帯広畜産大学の学生、高橋豊との交際を詠んだこの歌のように、ふみ子の短歌の中には青春小説の一こまを思わせるような純粋な若さ、美しさを湛えた愛の歌も見られる。
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