廃止後の利用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 19:24 UTC 版)
高千穂鉄道の復旧断念決定後も、地元の有志が「神話高千穂トロッコ鉄道」を設立して、この橋梁を挟む一部区間で観光鉄道として運行を再開し、やがては延岡駅までの全面復旧を目指すという動きがあった。しかし採算性や資金力が問題となり、社名を変更して再出発を図ることになった。2008年(平成20年)3月に高千穂あまてらす鉄道として創立され、2009年(平成21年)に高千穂町から駅の施設を借りて鉄道公園としての活動を開始した。当初は高千穂駅構内で、木製のトロッコを人力で押す活動からであった。 2013年(平成25年)6月24日、高千穂あまてらす鉄道の株主総会で、高千穂橋梁の上を同社所有のエンジン付き車両「スーパーカート」で走行させることを決定した。実証実験の後、7月20日から運行を開始した。翌年からは、強風・悪天候時を除き通年での橋梁通過が可能となり、休日を中心に多数の観光客を集めている。乗客数は、2018年度(平成30年度)には約5万2000人に達した。なお、「スーパーカート」は高千穂橋梁を渡る手前で一旦停止し、運転士が橋梁上に設置してある風速計による風量を基準に渡れるかどうかを判断するため、旧天岩戸駅で折り返すこともある。2020年8月時点では、橋梁を渡ってすぐのトンネルの手前が終点であり、渡れた場合でもここで折り返している。 高千穂町では、こうしたスーパーカートの盛況を受けて、鉄道遺産の観光施設化が地域活性化につながると判断し、2019年(令和元年)に高千穂橋梁に遊歩道を設け、周辺に土産物店を設置するなどの観光地化の構想を打ち出した。レール面の約11メートル下にある点検通路を改良して歩道として整備し、このほか撤去を予定していた駅や橋などの設備は保存とする。橋の再塗装などに約10億円を投じて3-4年程度をかけて整備する方針としている。
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