底本と諸本・版本
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 05:42 UTC 版)
「七十一番職人歌合」の記事における「底本と諸本・版本」の解説
原本および室町時代の伝本の存在は知られていないが、江戸時代後期には多数写本が作成されている。諸本のうち原型を保つ巻子の善本と評価されているものは、1648年(慶安元年)に後水尾上皇が加賀藩主前田利常に下賜された前田育徳会尊経閣文庫本(前育本)、これを謄写したとされる1684年(貞享元年)に加賀藩主奥方御伝に伝世し、前田家お抱えの御用絵師によるものと考えられている金沢成巽閣本(前成本)、東京国立博物館には1632年(寛永9年)に烏丸光広の極書し、1846年(弘化3年)に狩野晴川院養信・狩野勝川院雅信親子による写本(東博本)が所蔵されており、前育本との共通点が指摘されている。また、山梨県立博物館には近江国堅田藩主堀田正敦旧蔵の堀田文庫本が所蔵されている。 ほか、江戸時代には明暦3年(1657年)本、延享元年(1744年)本など各種の版本が刊行されているほか、宮内庁書陵部には延宝3年(1675年)に新井白石が筆写したと考えられている宮内庁本が伝世し、塙保己一を中心に編纂・校訂が行われた『群書類従』巻503雑部58にも収録され、宮内庁本が底本になっている。諸本は内容の異同から、かな文字主体の前育・東博・東成・堀田・版本と、漢字主体の宮内庁・群書類従本に大別される。 現在は群書類従本を底本に翻刻されたものが、『狂歌大観』本編、『新編国歌大観』第十巻、『新日本古典文学大系』 61等に収録されている。
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