広島サティ
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広島サティ(ひろしまサティ)は、広島イーストの商業棟に出店していたショッピングセンターである。 マイカルにより比治山の東側に1997年(平成9年)10月1日午前9時に『広島サティ』がオープンした。開店時は、『広島サティ』のほか『段原サティ』や『広島段原サティ』の呼び方もされていた。 運営会社は、開業時から2011年(平成23年)3月1日の運営会社統合までは、マイカルによる運営。その後はイオンリテールが運営を行った。 店舗棟は地上7階、地下1階で、核テナントのサティが1階から5階の中央部に売り場があり、1階に食品売り場を設けていた。 その外周部に58の専門店、6階シネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ広島と飲食街、7階にアミューズメントスペース『ダイナレックス』で構成ていた。 マイカルの更生手続き中の2004年(平成16年)3月に、大規模なリニューアルを行った。 2010年(平成22年)12月25日付の中国新聞に、2011年(平成23年)7月18日に建物の75%を占めるサティ直営部分は閉鎖する予定であると、2010年(平成22年)12月22日にテナントに対し文書で通知したと報道された。2000年代に入り、同じグループになったイオンや、同業のゆめタウンなどの競合店が増加。売上高がピーク時より半減し、駐車場スペースが少ないことが閉店理由になったとしていた。 ただし、『ワーナー・マイカル・シネマズ広島』は存続方向で検討していると報道され、テナントの一部は継続についての意思確認を行うとも報じられた。報道の中でマイカルのコメントも掲載されていた。 そして、2011年(平成23年)7月18日に広島サティは閉店。14年半以上の歴史に幕を閉じた。 閉店することが決定していたため、2011年3月にジャスコ・サティ店舗のブランド統一後も唯一『広島サティ』の店名のまま営業を継続し、当店の閉店で『サティ』ブランドは名実共に27年間の歴史に幕を下ろした。 広島サティの跡地については、イオンは撤退せず、2011年10月にイオンモールにマネジメント会社を変更し、総合小売店ではなくスーパーマーケットを核店舗にした、広島段原ショッピングセンターとして再開した。 シネマコンプレックスは、その店舗の一部として継続営業している。
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