師団の編制
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「第102師団 (日本軍)」の記事における「師団の編制」の解説
師団編制の特徴は、基幹となる兵力を2個歩兵旅団が指揮する8個独立歩兵大隊とし、これを各々島嶼ごとに配備可能とした。大隊は隊長以下約990名。4個歩兵中隊の他、銃砲隊(隊長以下約200名。機関銃中隊、歩兵砲小隊)、作業隊(隊長以下約50名・手作業小隊)から成った。師団砲兵は、米軍からの鹵獲野砲と迫撃砲を装備したが機動力を欠いた。師団工兵は、「準備」の要目である飛行場速成のため10個工兵中隊という特異編制をとり、加えて特設飛行場設定隊を指揮下に入れた。師団輜重隊は現地の自動車を徴発して使用する状況で物資輸送に支障があった。内地からの編入部隊の一部は、ルソン島に到着後船便がなく、同島にて戦闘に参加することになった。
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師団の編制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/26 07:40 UTC 版)
1944年から1945年の編制。「東部xx部隊」は部隊の通称号である。 留守第57師団司令部(弘前)歩兵第52連隊補充隊(弘前) - 東部57部隊 歩兵第117連隊補充隊(秋田) - 東部58部隊 歩兵第132連隊補充隊(山形) - 東部59部隊 捜索第57連隊補充隊(弘前) - 東部60部隊 野砲兵第57連隊補充隊(弘前) - 東部67部隊 工兵第57連隊補充隊(盛岡) - 東部70部隊 第57師団通信隊補充隊(弘前) - 東部79部隊 輜重兵第57連隊補充隊(弘前) - 東部80部隊 師団司令部の下には4つの連隊区司令部があった。 青森連隊区司令部 盛岡連隊区司令部 秋田連隊区司令部 山形連隊区司令部
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