川上監督 - 第2次藤田監督時代
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「読売ジャイアンツ」の記事における「川上監督 - 第2次藤田監督時代」の解説
1961年 - 1974年 最も長期間にわたって使用されたデザイン(2016年現在)。黒とオレンジの組み合わせに戻り、ホーム用がクリーム地、ビジター用がブルーグレーになり、首、パンツに黒とオレンジのダブルのラインが入る。また首、ベルトループに黒とオレンジのラインが入り、川上哲治監督率いるV9時代(1965〜1973年)に象徴される常勝巨人のシンボルとなる。長嶋茂雄引退、川上哲治監督勇退の1974年まで使用された。1972年頃、伸縮性に優れたニット生地に切り替わっている。 1975年 - 1980年 長嶋茂雄(第一次)監督就任に伴い、「GIANTS」「TOKYO」(胸ロゴ・左袖ロゴ)の書体がサンフランシスコ・ジャイアンツと同タイプのものになり、胸番号・背番号の書体も変わる。さらに首のライン、両袖およびパンツのラインがシングルになり太くなる。このデザインは現監督の原辰徳ら1980年度にドラフト会議で指名された選手の入団会見(原のみ単独)まで使用されている。1976年より、ホーム用の左袖の「TOKYO」ロゴが「YOMIURI」に変わり、背番号の上に英文表記(ローマ字)の選手名が入る。 1981年 - 1992年 藤田元司監督就任に伴い、V9時代のタイプに戻るが、引き続き選手名が入り、ホーム用の左袖が「YOMIURI」となっている。マイナーチェンジを繰り返し、基本デザインは1992年まで使用された。1984年のみ、球団創立50周年エンブレムが右袖に入る。 1986年より、ボタン式からプルオーバー式のVネックになる。 1990年より、ホーム用がクリーム地からオフホワイト地に変わる。
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