尾太の菱マンガン鉱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/31 05:31 UTC 版)
ぶどう状で鮮やかに発色した尾太鉱山産の菱マンガン鉱。 尾太鉱山産の菱マンガン鉱。団塊状の菱マンガン鉱の先に黄鉄鉱の結晶を伴っている。 尾太鉱山産の菱マンガン鉱。岩石に内包され、水晶と共に通常の菱型結晶構造となっている。 黄銅鉱を伴い、典型的な結晶構造の鉱石(ペルー産) カット石(アルゼンチン産) 尾太鉱山産の菱マンガン鉱 尾太鉱山は、もっぱら銀、銅、鉛・亜鉛を産する鉱山だったが、鉱物収集趣味者のあいだでは菱マンガン鉱の産地として世界的に知られていた。 菱マンガン鉱は MnCO3で表されるマンガンの炭酸塩鉱物で、尾太鉱山のような熱水鉱床、特に銀鉱山でしばしば産するものである。マンガンを得るための主要鉱物のひとつではあるが、ローズピンクに発色したものは、鉱業原料としてよりも宝飾物(半貴石)として珍重されている。特にアメリカでは3本指に入る人気のある鉱物とされており、英語では「バラ色」を意味するギリシア語「ῥοδόχρως」から、「ロードクロサイト(Rhodochrosite)」と命名されている。 菱マンガン鉱は、その名が表す通り、一般的に地中から産するものは菱面体状の結晶構造となって現れる。これに対し、尾太鉱山の菱マンガン鉱は粒状・ブドウ状・団塊状になって出てくるのが特徴的で、北海道の稲倉石鉱山と並ぶ日本の代表産地だった。 尾太鉱山が創業していた頃は、菱マンガン鉱を加工した装飾品がこの地域の土産物として流通していた。現在も「Rhodochrosite from Oppu mine」は世界各地の収集家の間で取引されている。このような粒状・団塊状となって出現するマンガン鉱としては、チャレンジャー号探検航海によって1873年に深海の海底から見つかったものが世界的に知られており、もっぱら海底で産出することが経験的に知られていた。しかしその成因などはよくわかっていなかった。 尾太鉱山が1979年に閉山になった後、坑道の入り口には耐圧性の蓋が設けられて圧力密閉され、坑道内の湧水・廃水は坑内に留まるようになった。15年後の1995(平成7)年に坑内の調査を行った際、溜まった廃水の中から粒状、球状、円盤状、小判状などのマンガン団塊が発見された。大きいものでは粒の直径が7.5cmもあり、小さいものも含めると1000個あまりも見つかった。これらのマンガン団塊は、坑道の密閉前は存在しなかったことから、明らかに15年間で生成されたものだった。団塊や、見つかった場所の廃水などの分析から、マンガンを高い濃度で含む水中において、なんらかのバクテリア活動の影響で生成されたものと推測されている。確実に解明されたわけではないが、マリモと同じように、微生物がつくるコロイド状の水の中で浮遊したり回転しながら球状に成長したものと推定されている。
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