字体・書体
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 11:19 UTC 版)
『康熙字典』で正字とされたものは、当時の清朝考証学での『説文解字』の研究などに基づいた復古主義的な傾向を見せており、中には『説文解字』の小篆の字形を楷書に改めることで新しく造字されたものも含まれている。例えば、楷書体の手書きでは、「俞」「喻」「輸」の字体が専ら書かれており、印刷書体もそれに従っていたことが漢字字体規範史データセットで確認できる。これに対して、『康熙字典』は、「兪」「喩」「輸」という字体を採用している。 このような『康熙字典』に基づく正字体系を特に「康熙字典体」などと呼ぶことがある。ただし「玄」を「」と書くように、『康熙字典』では皇帝の名を避諱して闕画をする字もあるほか、字形の不統一などの問題点も見られ、それらの問題点を解消したものを「いわゆる康熙字典体」と呼ぶ。本文で使用されている字形は、文字学の伝統に従って先行の字書の字形を継承している。特に『正字通』の影響を大きく受け、説文などに示された小篆を楷書の字形に復元したものに改められており、一般に用いられていた楷書に由来する明朝体の字形とは異なっている。現に当時の通用楷書で書かれている序文「御製康熙字典序」(康熙帝の勅命を受け、陳邦彦が起草)においては『康熙字典』本文と異なる字形の楷書体が多く用いられており、本文と序文の間で字形が異なっている。 しかし『康熙字典』の刊行後は、金属活字開発において正字の規範としてこの字典が用いられたため、年次が下るにつれて字形が「いわゆる康熙字典体」に近づく傾向を見せる。現在日本で「旧字体」と呼んでいるものは、おおむね「いわゆる康熙字典体」のことである。一口に旧字体といっても、伝統的・歴史的に用いられてきた楷書体と「いわゆる康熙字典体」は一致しないものも多数含まれている(例を挙げると、「婁」「眞」「來」「麥」「靑」「壞」「顏」「增」「舍」「處」などである。また「定」「崎」などは常用漢字にもそのまま採用されているが、これらも伝統的な楷書体とは異なる)。日本の書道界ではこれらの字体は近代以降に造られたとする説が一般になっているが、唐代の書や碑にも見られるものばかりである[要出典]。
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