避諱とは? わかりやすく解説

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避諱

読み方:ひき

中国中心とする漢字文化圏にかつて見られた、皇帝など目上の人物の本名(諱)を直接口にしたり、書いたりすることをタブー視する風習のこと。実名敬避俗あらわれとされる

避諱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/25 05:05 UTC 版)

避諱(ひき)とは、君主や目上の者のの使用を忌避する慣習である。中国など東アジアの漢字文化圏にみられる。二字名の場合にどちらか一字を忌避することを偏諱(へんき)という。この項では中国の避諱を中心に記述する。


注釈

  1. ^ 「中国」のように、言い換えが定着したため、後の王朝でも本来の呼び方に戻されなかった例もある。
  2. ^ 夭逝した殤帝を除く。
  3. ^ 二名不偏諱令:「世」と「民」を連続して使うのでなければ避諱を犯すものではないとするもの。なお、次代高宗は、この詔を撤回した。
  4. ^ 「葉」の「世」の部分を「云」とした文字。
  5. ^ UnicodeCJK統合漢字拡張Bでは「毗登」の合字が U+2AF65 の符号位置で収録されている。
  6. ^ 日付は資料により異なる
  7. ^ 天皇家の通字が「仁(ひと)」であり、歴代天皇の諱はほとんどが「仁」字が付いている。また親王妃は名に「子」がある事が選ばれる絶対条件の一つで、女性皇族も「子」の字が名に入る

出典

  1. ^ 堀野哲仙 『文字の探訪-書の魅力-』 明治書院、2011年、p.79 「第三章 異体字 二 2 欠画」
  2. ^ 渡辺晃宏『日本の歴史04 平城京と木簡の世紀』p.296
  3. ^ 林大樹「近世後期の天皇避諱欠画令」『日本歴史』805号(2016年)
  4. ^ 明治元年十月九日太政官布告による。 『太政官日誌 明治元年 第110号』太政官、1876年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787626/114 
  5. ^ 明治五年正月二十七日太政官布告による。 『太政官日誌 明治5年 第7号』太政官、1876年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787660/37 
  6. ^ 『法令全書 明治6年』内閣官報局、1912年、155頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787953/152 
  7. ^ Ngô Đức Thọ 1997
  8. ^ KPS 9566 (PDF)”. 一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会. 2006年2月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2006年6月22日閲覧。


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