女性史週間
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アメリカ合衆国においては、女性史月間の起源は1911年の最初の国際女性デーにまでさかのぼる。1978年にカリフォルニア州ソノマの学区が、国際女性デーである3月8日を中心にイベントを行う女性史週間を開催した。1979年に、歴史家のゲルダ・ラーナーが議長をつとめ、7月13日から7月29日まで、サラ・ローレンス大学で15日間の女性史に関する学会が開催された。これはサラ・ローレンス大学、ウィメンズ・アクション・アライアンス、スミソニアン研究所が共同開催したものである。この学会参加者はソノマ郡の女性史週間が成功したことを知り、自身の組織やコミュニティ、学区などで似たような記念イベントを催すことにした。全国女性史週間を実施するため尽力するということについても、合意が得られた。 1980年2月、ジミー・カーター大統領は1980年3月2日から8日までを全国女性史週間とするという大統領布告を出した。この宣言はゲルダ・ラーナーを引用し、スーザン・B・アンソニー、ソジャーナ・トゥルース、ハリエット・タブマンなどの業績を図書館や学校などでとりあげてほしいと希望するものだった。カーターは男女平等憲法修正条項にも言及したが、これは批准されていない条項で、カーターの任期より後にアメリカ合衆国憲法に追加された修正第27条とは異なるものである。 1981年、女性史週間が広く知られるようになったため、それに応えるべく、ユタ州選出共和党所属のアメリカ合衆国上院議員オリン・ハッチと、メリーランド州選出民主党所属のアメリカ合衆国下院バーバラ・ミクルスキが共同で、女性史週間を宣言する初めての両院決議を出した。議会はこの決議を公法97-28として通した。この法案は、大統領が1982年3月7日から始まる週を「女性史週間」として宣言する権限を認め、そうするよう求めるものだった。その後数年にわたり、議会は3月の週を女性史週間とする両院決議を出していった。アメリカ合衆国中の学校が地元で女性史週間を祝うようになり、さらに女性史月間も始まった。1986年までには、14州が3月を女性史月間とするようになっていた。
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