大巧寺とは? わかりやすく解説

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大巧寺

読み方:ダイギョウジ(daigyouji)

別名 産女霊神

宗派 単立

所在 神奈川県鎌倉市

本尊 産女霊神

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

大巧寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/13 04:37 UTC 版)

大巧寺

山門
所在地 神奈川県鎌倉市小町1-9-28
位置 北緯35度19分6.3秒 東経139度33分9.2秒 / 北緯35.318417度 東経139.552556度 / 35.318417; 139.552556座標: 北緯35度19分6.3秒 東経139度33分9.2秒 / 北緯35.318417度 東経139.552556度 / 35.318417; 139.552556
山号 長慶山[1]
院号 正覚院[1]
宗旨 日蓮宗
宗派 単立
本尊 産女霊神[2](うぶめれいしん、うぶすめれいしん)[3]
開山 日澄[4]
正式名 長慶山正覚院大巧寺
別称 おんめさま
公式サイト おんめさま 大巧寺
法人番号 1021005001930
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大巧寺(だいぎょうじ)は、神奈川県鎌倉市小町にある日蓮宗系の単立寺院。特定の檀家を持たず、安産祈願を行う寺として知られる。旧本山は、比企谷妙本寺

歴史

大巧寺はもともと大行寺と称する真言宗の寺院で、当初は十二所梶原景時の屋敷内にあった[1]。創建年や開山などは不明だが、源頼朝の祈願所とされた事から、鎌倉時代初期頃までには創建されていたと推測される。この寺で頼朝が軍議を行った結果、大勝利を収めたため、頼朝の命により「大巧寺」という名称に改名した。文永11年(1274年)、日澄により日蓮宗に改宗する。[5]これに基づき現在では開山を日澄としている。元応2年(1320年)、2月に現在地へ移転した。[6]

  • 天文元年(1532年)、五世住職の日棟が難産で死んだ女の霊を成仏させるという伝承が生まれる。[7]この伝承が広まって以降、安産祈願に験のある寺として知られるようになる。詳しくは「おんめさま信仰」の項を参照。
  • 天文16年(1548年10月12日後北条氏より1200文の寄進を受ける(寄進状には当時鎌倉の代官を務めた大道寺盛昌の花押あり)。天正3年(1575年2月17日、後北条氏家臣で大巧寺の譜代旦那である浜名時成より6貫文の寄進を受ける。天正19年(1591年)11月、徳川家より寺領7貫200文の朱印を受ける。

おんめさま信仰

大巧寺は別名「おんめさま」とも呼ばれ、安産祈願の寺として知られている。「おんめさま」とは「お産女様」(おうめさま)が訛った言葉で[9]、境内に祀られている「産女霊神」を指す。

「産女霊神」を祀るようになった由縁として、大巧寺は以下の縁起を挙げている。

産女霊神縁起

大巧寺5世住職の日棟は毎朝、比企谷妙本寺に勤経を上げに行っていたが、天文元年(1532年)4月8日(新暦5月13日)の夜明け前、滑川加能橋[10]の陰に下半身血まみれの女が泣いているのに気づいた。

日棟が女に対し「どこの誰で、何故このような所をさまよっているのか」とたずねたところ、女は「大倉」[11]の住人、秋山勘解由の妻で難産により死んだこと、死出の旅路に迷い成仏ができない事を訴えた。哀れに思った日棟が女に対し法華経を読経すると、いつのまにか女はいなくなってしまった。

3日後、日棟の前に再度女が現れた。日棟の読経により成仏できたことに礼を述べ、金銭を差し出した上で、夫の秋山勘解由に経緯を伝えて欲しいこと、宝塔を建立し供養して欲しいこと、供養してくれれば法華経の恩返しとして妊娠した女が安産するよう尽力することを伝えた。日棟が「産女霊神」として女を祀り、五輪塔を立てることを約束すると女は礼を言いかえっていった。

この事を秋山勘解由に伝えると勘解由はとても驚いたが、また日棟が妻を成仏に導いてくれたことがわかると感謝し、早速師壇の契りを結び五輪塔建立に力を貸した。今境内にある「産女宝塔」はこの時に建立されたものである。[12]

安産祈願

大巧寺での安産祈願は住職による安産祈祷と安産お守りの授与から構成される。

安産祈祷は毎朝住職が本堂で産婦の安産を祈願する祈祷で、出産予定日まで続けられる。

産婦に授与される安産お守りはお札、腹帯守、麻紐、秘妙符から構成される。このうち、腹帯守は腹帯に入れるお守りで帯祝いの時に使う。また麻紐は産後、産婦の髪を結ぶお守りになる。秘妙符の中には粒が3つと折り紙が入っている。粒のうち1つは出産予定月の朔日に飲み、他の二つは陣痛が始まった際に飲む。折り紙は色によって性別を占うものといわれており、赤だと女子、白だと男子が生まれるという伝承がある。[13]

文化財等

うち1幅は日蓮の筆によるものとされ、2幅とも妙本寺の霊宝殿に保管されている。
  • 水晶五輪塔 
水晶製の五輪塔で高さ約30cm。産女霊神の神骨を収めているといわれる。かつては妙本寺に寄託していたが、2011年6月に返却を受け管理している。[6]通常非公開の秘宝だが、2012年の夏と2013年の秋に池上本門寺にて展示された。[14]

境内

小町大路若宮大路に挟まれた位置にあり、小町大路側が正門、若宮大路側が裏門となる。裏門側に「頼朝戦評定所」の石碑と山門がたつ。

脚注

  1. ^ a b c 新編鎌倉志 1915, p. 121.
  2. ^ 『日本歴史地名大系 神奈川県の地名』(平凡社、1984)、p.298、『全国寺院名鑑 北海道・東北・関東篇』、(全国寺院名鑑刊行会、1976)、p.416
  3. ^ 『鎌倉古社寺辞典』(吉川弘文館、2011)、p.36
  4. ^ 新編鎌倉志 1915, p. 122.
  5. ^ 日本仏家人名辞書,968P、日澄の項
  6. ^ a b c d 大巧寺HP大巧寺沿革」より。
  7. ^ 大巧寺HP産女霊神縁起」より。
  8. ^ 特に注記の無い項目は新編相模国風土記稿、「大巧寺」(巻之二十 13-14P 近代デジタルライブラリーでは340-341コマ)の記載に拠った
  9. ^ 鎌倉古寺歴訪,83P
  10. ^ 加能橋の詳細は不明。なお新編相模国風土記稿、「大巧寺」の項によると「夷堂橋」(鎌倉十橋のひとつ)となっており、こちらの別名か?
  11. ^ 現、鎌倉市二階堂二階堂雪ノ下3丁目一帯を指す地名。
  12. ^ 特に注記の無い項目は大巧寺HP産女霊神縁起」と「大巧寺沿革[リンク切れ]の記載に拠った
  13. ^ exciteニュース
  14. ^ 大巧寺HP大巧寺HPトップページ[リンク切れ]より

参考文献・リンク

関連項目

  • MFゴースト - 行方不明になっている主人公の父親が、かつて亡き母と写真を撮っていた場所として、大巧寺が登場している。

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小町、大町鎌倉の中心・鶴岡八幡宮から材木座海岸まで伸びる参道が、メインストリートでもある若宮大路。通りの左右には脇道が無数にあり、一歩踏み込むと教会や古い洋館などが点在し、歴史を感じさせるエキゾッチクな佇まいが垣間見られる。メインストリートと並列して八幡宮から鎌倉駅までを繋ぐのが小町通り。レストランやブティック、土産物屋が軒を連ね、観光客やショッピングをする若者で賑わう。大巧寺 - 単立の仏教寺院。山号は長慶山、本尊は安産の神・産女霊神で、「おんめさま」の通称で知られる。本覚寺 - 日蓮宗。山号は妙厳山、開山は日出。2世住持の日朝が建立した日蓮聖人分骨堂がある。妙本寺 - 日蓮宗。山号は長興山、開基は比企能本、開山は日朗。境内に比企一族の墓所、一幡の墓、蛇苦止明神がある。常栄寺 - 日蓮宗。山号は恵雲山、開山は日詔。「ぼたもち寺」の通称で知られる。別願寺 - 時宗。足利持氏供養塔と伝える石造宝塔がある。安養院 - 浄土宗。山号は祇園山、開基は北条政子、開山は願行房憲静。妙法寺 - 日蓮宗。山号は楞厳山、開山は日蓮、中興開山は護良親王の子・日叡。「苔の石段」が著名で、「苔寺」の別称がある。安国論寺 - 日蓮宗。山号は妙法華経山、開山は日蓮。境内の岩窟は日蓮が『立正安国論』を執筆したところという。教恩寺 - 時宗。山号は中座山、開基は北条氏康、開山は知阿。元は材木座の光明寺の境内にあったとされ、この地にあった光明寺の末寺、善昌寺が廃寺になったことにより移建されたと伝えられている。上行寺 - 日蓮宗。山号は法久山、開山は日範。桜田門外の変で大老井伊直弼を暗殺した水戸藩士の一人、広木松之介の墓がある。本興寺 - 日蓮宗。山号は法華山、開山は天目。日蓮が辻説法を行なった地域にあり、「辻の本興寺」と呼ばれている。辻の薬師堂 - 元々、医王山長善寺という浄土宗の寺のお堂であったが、江戸末期の火災で寺が焼失し、お堂だけが残った。本興寺の正面に位置する。大宝寺 - 日蓮宗。山号は多福山、開山は日出。境内には新羅三郎ゆかりの多福神社がある。材木座
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