増強された海軍の活躍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 04:50 UTC 版)
「イタリア海軍」の記事における「増強された海軍の活躍」の解説
こうした新技術の導入により強力な軍艦を多く得たイタリア海軍は、イタリア政府の進めた植民地戦争に於いても活発に活動し、伊土戦争ではチュニジアからトリポリまでの前海岸の封鎖を実行し、トリポリ・トブルク・デルナ・ベンガジなどの主要都市を艦砲射撃後に続々と海兵隊を上陸させ次々と占領した。1912年2月には装甲巡洋艦ジュゼッペ・ガリバルディ級「ジュゼッペ・ガリバルディ」「フランチェスコ・フェルッキオ」の2隻が、占領したトブルクを出撃しベイルートのオスマン帝国艦隊を強襲した。ここには装甲艦アヴニッラー級「アヴニッラー」(1870年に建造、1907年に近代化軍艦に改装された。設備重量は、2,310トン、15 cm単装砲4基、76 mm単装速射砲6基、12ノット)と水雷艇「アンカラ」があったがイタリア巡洋艦隊はこれを一蹴して湾内にあったオスマン帝国海軍の軍艦全てを撃沈してしまった。更にイタリア海軍は艦隊による艦砲射撃でダーダネルス海峡のオスマン軍砲台を無力化し、海峡の入り口を機雷で封鎖してしまった。これによりオスマン帝国の植民地に対する権威を失墜させた。次いで海軍はロドス島を占領した。陸軍がオスマン陸軍のゲリラ戦術に苦しむ中、海軍は行く先々でオスマン帝国海軍を一蹴して制海権を確保し、バルカン半島方面に軍事的圧力を掛けてバルカン戦争の端緒を作ることにより伊土戦争の早期勝利を導いた。イタリア海軍の活躍によりトリポリとキレナイカ及びドデカネス諸島がイタリアに割譲され、海軍の監視施設が各地に設置された。
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