報告書の公表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/03 07:07 UTC 版)
ミッチェルは報告の中で選手会は「概して非協力的だった」と述べており、選手会が各選手に対して調査への協力を拒むよう盛んに働き掛けてきたとしている。知名度の高い選手に重点を置き、一連の調査では700名以上が聴取の対象となった。聴取が試みられた約500名の元選手のうち68名が自ら聴取に応じ、3名が法的強制力のもと聴取された。その他にクラブ従業員、コーチ、トレーナー、警備担当者など550名の聴取が行われた。そして各チーム及びコミッショナー事務局が調査のために総計11万5000ページを超える関連文書と約2000の電子文書を提供した。ドーピング検査の実施が認められなかったために、通話記録や支払済み小切手、領収書、配送記録などで証拠を集める事を余儀なくされた。 409ページに及ぶ調査報告書は2007年12月13日に公表された。この報告書の中には、既に引退している者も含めて89名の選手の実名が記載されている。 ステロイドを使用している選手の割合について、ケン・カミニティは2002年に「少なくとも半数はステロイドを使用している」と発言し、大部分の選手が35%前後は使用していると推定していた。しかし、2003年に行われた不作為調査では陽性反応が出たのは全体の5から7%だけだった。ミッチェルは選手がこの年に検査が実施される事を事前に知っていたため、ほぼ確実に使用を控えめに抑えたと見ており、正式な検査が実施された翌2004年に「多くの選手が検査で検出されないヒト成長ホルモンに切り替えた」と述べている。報告書中で名指しされた選手にはバリー・ボンズ、ロジャー・クレメンス、アンディ・ペティット、ミゲル・テハダ、エリック・ガニエらがいる。 調査の過程では、元ニューヨーク・メッツのクラブハウス従業員であるカーク・ラドムスキーの証言が重要な証拠となった。ラドムスキーは「運動能力向上薬物の流通に関する重要な情報を提供した」とされる。ラドムスキーは2007年4月に自らが薬物の違法配布に関与していた事を認める証言をしており、報告の中で名指しされている選手の多くがラドムスキーの顧客であったとされている。 ミッチェルは野球界におけるドーピング検査の強化を要求し、将来の薬物乱用を防ぐためにも、薬物使用が健康に及ぼす悪影響についてMLB機構が教育を改善していく事を推奨した。外部の機関にドーピング検査を委託し、野球界のための調査機関の設置を要求した。「その機関は透明でなくてはならない。また1年を通して抜き打ち検査を行わなくてはならない」と語った。処分内容についてはセリグに委ねるとし、報告書の中で言及していない。また、数名の選手には事前に抜き打ち検査の実施が通知されていた事を明かし、「報告書に記載されていない薬物使用選手はまだいる」と述べている。
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