執筆の動機と「序」
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『アイヌ神謡集』執筆の動機は、言語学者の金田一京助に、アイヌ口承文芸の価値を説かれ、勧められたからであるが、これは外面的なことであり、知里幸恵の内面的な動機は、『アイヌ神謡集』の「序」に書かれている。 大正11年3月1日の日付をもち、 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました。 の書き出しで始まる「序」には、アイヌが制約を受けることなく活動できた北海道の大地が、明治以降、急速に開発され、近代化したことが記される。それは「狩猟・採集生活」をしていたアイヌの人々にとっては、自然の破壊ばかりでなく、同時に生活を追われることでもあり、平和な日々をも壊すものであった。その変動によるアイヌの精神的な動揺と日本社会に置かれた地位をこう綴る。 僅かに残る私たち同族は、進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり。しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず、よその御慈悲にすがらねばならぬ、あさましい姿、おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名、なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう。 幸恵は 激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出て来たら、進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう。それはほんとうに私たちの切なる望み、明暮祈っている事で御座います。 と記すように「アイヌが滅び行く」という立場に同調しないながらも、「起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉」がなくなってしまうことを「あまりにいたましい名残惜しい事」として、本書を執筆したと述べる。 時代は下って2008年6月7日には、前日の国会におけるアイヌ先住民決議の採択を受けた朝日新聞の「天声人語」において、知里幸恵・『アイヌ神謡集』とともにこの「序」の一部が紹介された。
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