商業化された山での極地法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/27 04:18 UTC 版)
商業化される前のヒマラヤ登山では、極地法を実践するにあたり、登攀技術に優れた隊員がルート工作を行い、シェルパやポーターは荷上げなどの補助にとどまっていた。各隊員がルート工作や荷上げを担当し、その働きに応じて登頂アタック要員が選抜された。 1980年代後半以降、ヒマラヤの高峰が登りつくされて登山の商業化が進むと、ガイド会社がルート工作、荷上げ、キャンプ設営を一手に引き受けて登頂希望者を募る、「商業公募隊」や「ツアー登山」と呼ばれる方式が主流になった。商業公募隊も極地法の一種であるが、顧客とガイドという立場にはっきり分かれており、顧客はガイドの指示通りのスケジュールで、固定ロープを使って登るだけで頂上に達することが出来る。隊によっては酸素ボンベもふんだんに使用する。エベレストでは各隊のシェルパが協力してルートの全面に固定ロープを設置するため、2018年時点ではピッケルすら必要ない。エベレストのように人気のある山では、多くの隊はルート工作をすることもなく、上部キャンプに上がる回数も少なくて済むので、極地法とは区別されることもある。
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