博物館運営の指揮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/08 22:11 UTC 版)
「アイリーン・ヒラノ・イノウエ」の記事における「博物館運営の指揮」の解説
1988年、ヒラノ・イノウエは全米日系人博物館の館長・会長に就任した。全米日系人博物館は、アメリカ合衆国の歴史において不可欠な働きをした日系アメリカ人たちの歴史を伝える、全米で初めての博物館だった。1992年の開館以来、博物館は歴史に関する展覧会や、他の団体・博物館との交流を通じて、その任務を果たし続けてきた。また、第二次世界大戦中に行われた日系人の強制収容や、当時米軍として働いた日系アメリカ人たち、補償、更に市民権などに関して、資料保全・調査・教育の最前線として活動を続けている。彼女の親族にも、第二次世界大戦中に収容所生活を経験した者が数多くいるという。1999年1月には、85,000平方フィート (7,900 m²)の展示館が追加オープンした。彼女は博物館での仕事を始めてから、日本のことをよく知らない日系三世が少なくないことを知り、博物館が日系人の歴史を受け継いで伝えていく場所であってほしいと話している。また2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件の際には、第二次世界大戦中の日系人強制収容などの歴史から、日系人グループとして博物館を通じアラブ系アメリカ人への連帯と支援を呼びかけている。 1994年、彼女は大統領芸術・人文科学委員会(英語版)の席で、当時のアメリカ合衆国大統領だったビル・クリントンと面会している。
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