創立当初の入会資格
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 21:35 UTC 版)
「日本プロ野球名球会」の記事における「創立当初の入会資格」の解説
1978年の創設当初の入会資格は以下の通りだった。※外国人選手もこの条件を満たして入会の意思を表示すれば入会を認めることを当時から公表していた。NPBの選手または元選手 昭和生まれ NPBで以下のいずれかを達成通算200勝利以上 通算2000安打以上 2003年12月、投手の分業化やメジャーリーグに入る日本人選手が増えたことを受け、通算250セーブ以上でも入会を認めることと、MLBに移籍することでNPBでの記録が伸ばせなくなる日本人選手の救済を意図して日米通算(NPBとMLBの成績を合算)とするという入会資格の拡張が決定した。 2012年、MLBのみで記録を達成したり、来日してNPBで日米通算2000安打以上を達成する選手の扱いが曖昧の状態を続いており、それを解消するために「名球会の入会資格においては、米日通算と日米通算とを区別する」ことが決まり、日本プロ野球での記録をスタート地点とするとの文言が入会資格に追加された。また同時に平成生まれのプロ野球選手の誕生により、併せて生年による制限も昭和以降生まれに改定された。 2019年12月10日、ローテーション制度の確立などの要因により打者と比べて「通算200勝」の達成が困難な状況を踏まえて、入会資格をいずれも満たしていない選手の入会を認める「特例枠」の創設が決議された。今後、理事会にて推薦を受けた選手が総会に諮られ、会員の4分の3以上の承認を得られれば入会が認められることになった。 ※ 発足時から入会資格に「昭和生まれ」を起点とした生年の条件があるため、昭和以前に生まれた2000安打、200勝利達成者には入会資格が与えられていない。該当者には川上哲治(大正9年生まれ、通算2351安打)、杉下茂(大正14年生まれ、通算215勝)、中尾硯志(大正8年生まれ、通算209勝)、野口二郎(大正9年生まれ、通算237勝)、ヴィクトル・スタルヒン(大正5年生まれ、通算303勝)、藤本英雄(大正7年生まれ、通算200勝)、別所毅彦(大正11年生まれ、通算310勝)、若林忠志(明治41年生まれ、通算237勝)らがいる。
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