副作用と国の責任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/17 18:58 UTC 版)
予防接種法に基づく予防接種の結果、副作用で健康被害が生じた者への給付を目的とした健康被害救済制度が、1976年に制定されている。たとえば、DPTワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風の3種混合ワクチン)が定期接種となったのが1968年であるが、1975年にはDPTワクチン接種後の死亡例が出ている。当死亡例によりDPTワクチン接種は激減し、4年後の1979年には年間1万3000人の疾病患者と20人以上の死者が報告され、予防接種の効果と副作用のリスクのジレンマ問題が表出した。 また、1992年には、通称「予防接種被害東京集団訴訟」の控訴裁判決が出ている。本事件は、予防接種の副作用で26名が死亡、36名が後遺障害を受けたとして、国の安全配慮義務違反、賠償責任および損失保証責任が問われた事件である。予防接種を国が強要し、その結果として生じた損害を被害者やその保護者といった個人にのみ負わせる構造は、憲法違反ではないかとの主張がなされた。これに対し東京高等裁判所の控訴裁判決は、国の安全配慮義務違反は否定しつつも、本来予防接種が適さない禁忌の患者に対して予防接種を実施していたことから、損失保証責任を認めた。当判決から2年後の1994年には予防接種法が改正となり、義務接種から努力接種(国は勧奨するのみ)へと方向転換している。これは国の責任から個々人の責任へと転換したことを意味し、家庭の経済状況や予防接種への基礎知識の欠如によって、接種率の低下へと結びついた。
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