初代テイ橋とは? わかりやすく解説

初代テイ橋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/02 04:16 UTC 版)

テイ橋」の記事における「初代テイ橋」の解説

初代テイ橋19世紀建設された。テイ川を横断する建設するという提案は、少なくとも1854年にまで遡るノース・ブリティッシュ鉄道 (North British Railway) とテイ橋建設法案1870年7月15日国王裁可受けて礎石1871年7月22日置かれた。設計有名な鉄道技術者であるトーマス・バウチ (Thomas Bouch) によるもので、彼は完成騎士の称号受けている。 鋳鉄錬鉄組み合わせた格子構造になっていた。この設計は、ケナード (Kennard) により南ウェールズのクラムリン高架橋 (Crumlin Viaduct) で1858年最初に用いられ続いて画期的な鋳鉄使用法知られ水晶宮でも用いられて、よく知られたものであった。しかし水晶宮鉄道橋ほど負荷掛かるものではなく鉄道橋ではディーがまずい鋳鉄ガーダー使い方のため1847年崩壊した例がある。後にギュスターヴ・エッフェル同じよう設計フランス中央高地いくつかの大きな高架橋建設している。 だが、が湾中央向けて建設されていくにつれ、湾に関する調査正確性を欠くことが明らかとなった。岸のそばでは浅い位置にあった岩盤次第深くなり、最終的に橋脚建てるには深くなりすぎてしまった。バウチ橋脚再設計迫られ、下に支えがないことを補償するため湾の底により深く橋脚打ちまなければならなかった。また、彼はそれまでよりもガーダースパン伸ばすことで橋脚削減した。これによりガーダー風の影響を無視できる長さ超えてしまったが、バウチはこれを無視した最初列車1877年9月22日横断したその後1878年初頭完成する当時世界一長いとなり、同年6月1日には開通迎えた。この町を訪れていたユリシーズ・グラントは、この橋について小さな町に対して大きな」(a big bridge for a small city) とコメントしている。

※この「初代テイ橋」の解説は、「テイ橋」の解説の一部です。
「初代テイ橋」を含む「テイ橋」の記事については、「テイ橋」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「初代テイ橋」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「初代テイ橋」の関連用語

初代テイ橋のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



初代テイ橋のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのテイ橋 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS