伝承・記述
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 22:32 UTC 版)
内藤トウガラシは江戸名産。唐辛子といえば「内藤宿」だった。 内藤トウガラシには、その評判・定評に関するいくつかの伝承と記述がある。穏やかな世情を背景に庶民文化が隆盛を極めていた文化・文政年間(1793年~1841年)でいうと、江戸幕府編纂の武蔵国の地誌『新編武蔵風土記稿』に、「蕃椒(とうがらし)四ツ谷内藤宿乃其邊の村々にて、作る世に内藤蕃椒と呼べり」と記載がある。同様に、幕府の本草学者であった岩崎常正が江戸周辺30キロメートル圏の実地踏査した『武江産物史』には、特に産地が付記された野菜類36品目のひとつとして、内藤トウガラシが取上げられ、「とうがらし 内藤宿」と明記されている。どちらも幕府の権威ある調査を基にした書籍であり、ここからは内藤トウガラシの評判の高さが推察されるとともに、ブランド化されてもいるのである。さらに庶民の生活面からの記述もみられるのである。喜多川守貞が手がけた、江戸と関西の風俗・風物を比較紹介する近世風俗誌『守貞謾稿』である。抜粋してみると、「城西新宿の内藤邸辺を蕃椒の名産とす。故に江戸にてこれを売る詞、内藤とうがらし、云々」。この「売る詞」の意味するのは、唐辛子売りに伝承されている、「入れますのは、江戸は内藤新宿八つ房が焼き唐辛子」という口上と、見事な合致が見られるのである。 --スローフード江戸東京『内藤トウガラ史』
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