五間塚古墳とは? わかりやすく解説

野々瀬古墳群

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/15 02:09 UTC 版)

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野々瀬
古墳群
野々瀬古墳群の位置

野々瀬古墳群(ののせこふんぐん)は、愛媛県今治市朝倉南にある古墳群。1基が愛媛県指定史跡に、1基が今治市指定史跡に指定されている。

概要

愛媛県北部、今治市南東部の笠松山の北西山麓に築造された古墳群である。愛媛県内では最大規模の群集墳といわれ、古くは『愛媛面影』に記述が見える[1]昭和初期には100基以上の古墳が認められたというが、その後の開墾に伴って破壊され、現在は七間塚古墳(古墳群中で最大規模)・五間塚古墳を始めとする20基程度が遺存する[2]。現在残る古墳はいずれも円墳で、6世紀後半-7世紀前半頃の営造と推定される[2]

古墳群のうち、七間塚古墳は1950年昭和25年)に愛媛県指定史跡に指定され[3][4]、五間塚古墳は1973年(昭和48年)に今治市指定史跡に指定されている[4]

主な古墳

七間塚古墳

七間塚古墳(しちけんづかこふん、野々瀬1号墳、位置)は、野々瀬古墳群中で最大規模の古墳。

墳丘は削平を受けているため、元々の墳形は不明であるが、現在は直径18メートル・高さ約5メートル程度を遺存する[3]。主体部の埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、ほぼ完存する[3]。石室規模は次の通り[3]

  • 石室全長:10メートル
  • 玄室:長さ5.2メートル、幅1.7-2.1メートル、高さ2.0メートル
  • 羨道:幅1.4メートル

石材には花崗岩の巨石が使用される[3]。石室内からの出土品は明らかでない[1][3]。石室構造より、築造年代は7世紀初頭頃と推定される[3]

五間塚古墳

五間塚古墳(ごけんづかこふん、野々瀬12号墳、位置)は、円墳で、野々瀬古墳群中で2番目の規模の古墳[5]。通称を「王塚」とも[5]1989年平成元年)にトレンチ調査が実施されている[5]

墳形は円形で、直径15-16メートルを測る[5]。主体部の埋葬施設は両袖式の横穴式石室[5]。玄室は奥行約6メートル・最大幅約2.05メートル・高さ約2.6メートルを測る[5]。石材には大型の花崗岩が使用され、玄室と羨門の間には立柱石(袖石)を構えて框石で区別するほか、玄室は羨門よりも1段低く構築される[5]。この石室内の調査では装飾品(切子玉・管玉・土玉・耳環など)・鉄製品(鉄鏃・刀子・鉄鎌など)が検出されている[5]。また周辺では人骨を残した石棺墓が認められており、本古墳の陪塚と推定される[5]。石室構造・出土遺物より、築造年代は7世紀前半頃と推定される[5]

文化財

愛媛県指定文化財

  • 史跡
    • 野々瀬の古墳(七間塚古墳) - 1950年(昭和25年)10月指定[3][4]

今治市指定文化財

  • 史跡
    • 五間塚古墳 - 1973年(昭和48年)10月15日指定[4]

脚注

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  1. ^ a b 野々瀬古墳群(平凡社) 1980.
  2. ^ a b 野々瀬古墳群説明板(今治市教育委員会、2013年設置)。
  3. ^ a b c d e f g h 野々瀬の古墳(七間塚古墳) (PDF) (愛媛県教育委員会)。
  4. ^ a b c d 朝倉地域の文化財(今治市ホームページ)。
  5. ^ a b c d e f g h i j 五間塚古墳説明板(今治市教育委員会設置)。

参考文献


五間塚古墳

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野々瀬古墳群」の記事における「五間塚古墳」の解説

五間塚古墳(ごけんづかこふん、野々12号墳、位置)は、円墳で、野々瀬古墳群中で2番目の規模古墳通称を「王塚」とも。1989年平成元年)にトレンチ調査実施されている。 墳形円形で、直径15-16メートル測る主体部埋葬施設両袖式の横穴式石室玄室奥行約6メートル最大幅約2.05メートル・高さ約2.6メートル測る石材には大型花崗岩使用され玄室羨門の間には立柱石(袖石)を構えて石で区別するほか、玄室羨門よりも1段低く構築される。この石室内の調査では装飾品切子玉管玉土玉耳環など)・鉄製品(鉄鏃刀子鉄鎌など)が検出されている。また周辺では人骨残した石棺墓認められており、本古墳陪塚推定される石室構造出土遺物より、築造年代7世紀前半頃と推定される

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