事件決行前夜
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/22 05:55 UTC 版)
「宮城事件」も参照 佐々木は、宮城事件の首謀者の一人である畑中健二少佐とつながりがあった。佐々木は陸軍省にもよく出入りをしており、井田正孝中佐が佐々木と畑中が何かしら対談する姿を目撃している。その過程の中で日本の降伏に関する情報を入手した佐々木は、有志を募って「国民神風隊」を編成し徹底抗戦を訴え出た。畑中は事件に民間テロをも組み入れる腹積もりがあり、歴史学者、現代史家の秦郁彦は畑中から佐々木に情報が伝えられた時期を8月12日ごろと推定している。もっとも、佐々木は奇矯な言動をすることで軍内部では警戒されていた節があり、「国民神風隊」には佐々木の部下の大部分が参加せず農耕隊員や学生が主体として入り、武器も日本刀や拳銃、軽機関銃などといった程度しか手に収めることができなかった。佐々木は後輩を関西方面への連絡のために派遣するなど、畑中らの決起はもう少し先になると予測。「国民神風隊」の当面の目標は首相官邸に定められ、閣議中の鈴木貫太郎内閣の閣僚を皆殺しにする計画が立てられた。しかし、佐々木の知らないところで事態は急変しており、陸軍あげてのクーデター計画は畑中一派の決起にスケールダウンしていた。また、佐々木の予測よりも決起の時期が早まったことにより、佐々木も急遽「国民神風隊」を率いて決起におよぶ羽目となった。決起に関して、事件中枢にあった近衛師団との連携を試みた形跡はない。
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