主なアラン・スミシー名義の作品
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「アラン・スミシー」の記事における「主なアラン・スミシー名義の作品」の解説
夏の日にさよなら(1968年) アラン・スミシーの名が使われた最古の作品。実際の監督はジャド・テイラー(英語版)。 ガンファイターの最後(1969年) アラン・スミシー名義の使用のきっかけとなった映画。当初監督はロバート・トッテン、その後ドン・シーゲル。 学生の死体(1981年)パラマウント 実際の監督はマイケル・リッチー。 ハリー奪還(1986年) 実際の監督はスチュアート・ローゼンバーグ。 クライシス2050(1990年) 日本出資・ハリウッド製作のSF映画。日本での興行成績は惨憺たる結果に終わり、再編集版がアメリカで公開された際、リチャード・C・サラフィアン監督の意向でスミシー名義となった。 ハートに火をつけて(1991年) デニス・ホッパー監督作品だが、最終編集権を持っていた映画会社とホッパーが衝突、ホッパーが降りてスミシー名義となった。1995年に『バックトラック』という題名でホッパー名義の版も公開された。 ヘルレイザー4(1996年) 『エルム街の悪夢』や『チャイルド・プレイ』で特殊メイクを担当したケヴィン・イェーガーの初監督作だった。 アラン・スミシー・フィルム(1998年) 『氷の微笑』の脚本で大ヒットを飛ばしたものの、『ショーガール』ではそのズレぶりが批判されてラジー賞に輝いてしまったジョー・エスターハスが脚本・製作を務めた作品。監督はアーサー・ヒラー。「アラン・スミシー」という名の人物が超大作映画を監督することになるが、映画会社による再編集に怒って監督の名義を伏せてもらおうとする。しかし全米映画監督協会の規定により使える偽名が「アラン・スミシー」しかなく、どうあってもアラン・スミシー名義にならざるを得ないと知った監督がフィルムを奪い、編集権を取り戻すため映画会社を脅迫しようとする。ハリウッドの裏側を描こうとした作品だが、当の作品もエスターハスによる編集をヒラーが嫌った争いの結果、皮肉にもアラン・スミシー名義となってしまった。5部門でラジー賞を受賞。 美しき家政婦 ウーマン・ウォンテッド(2000年) 実際の監督はキーファー・サザーランド。最後にアラン・スミシー名義が使われた映画。 その他、『デューン/砂の惑星』(デヴィッド・リンチ)、『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(マーティン・ブレスト)、『ヒート』(マイケル・マン)のテレビ放送用再編集版、『ジョー・ブラックをよろしく』(マーティン・ブレスト)の機内放送用再編集版など、劇場公開版より短く編集されたテレビ放送版では、元の監督の納得できる編集がなされなかったという理由から、アラン・スミシー名義にされた場合がある。
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