中山の補題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/30 20:26 UTC 版)
数学、具体的には現代代数学や可換環論において、中山の補題(なかやまのほだい、英: Nakayama's lemma、クルル-東屋の定理(Krull–Azumaya theorem)とも[1])は、環(典型的には可換環)のジャコブソン根基とその有限生成加群の間の相互関係を定める。有り体には、補題より直ちに可換環上の有限生成加群は体上のベクトル空間のように振る舞うことが言える。これは代数幾何において重要な道具である、なぜならばそれによって代数多様体の局所的なデータを、局所環上の加群の形において、環の剰余体上のベクトル空間として各点ごとに研究することができるからである。
この補題は、まずヴォルフガンク・クルルによって可換環のイデアルの特殊な場合において発見され、次に一般の場合が Azumaya (1951) によって発見されたにもかかわらず、日本人数学者中山正にちなんで名づけられている[1][2]。可換の場合には、補題はケイリー・ハミルトンの定理を一般化した形の単純な帰結であり、これは Atiyah & MacDonald (1969) に書かれている。非可換なときの右イデアルに対する補題の特別な場合は Jacobson (1945) にあり、そのため非可換な中山の補題はジャコブソン-東屋の定理 (Jacobson–Azumaya theorem) と呼ばれることもある[1]。後者はジャコブソン根基の理論にたくさんの応用をもっている[3]。
補題の主張
R を単位元 1 をもった可換環とする。Matsumura (1989) で述べられているように、以下が中山の補題である。
主張 1: I を R のイデアルとし、M を R 上有限生成加群とする。IM = M であれば、r ≡ 1 (mod I) であるような r ∈ R が存在して、rM = 0 となる。
これは以下で証明される。
この系である次もまた中山の補題と呼ばれ、最もよく現れるのはこの形においてである[4][5]。
主張 2: M が R 上有限生成加群で、J(R) が R のジャコブソン根基で、J(R)M = M とすると、M = 0 である。
- 証明:(上記の様な r に対し)r − 1 はジャコブソン根基に入るので r は可逆である。
より一般的に、次が成り立つ。
主張 3: M が R 上加群で、N が M の部分加群であり、M = N + J(R)M 、M/NがR 上有限生成加群であれば、M = N である。
- 証明: 主張 2 を M/N に適用する。
次の結果は生成元の言葉で中山の補題を述べている[6]。
主張 4: M が R 上有限生成加群であり、M の元 m1, ..., mn の M/J(R)M における像が M/J(R)M を R-加群として生成すれば、m1, ..., mn は M を R-加群として生成する。
- 証明: 主張 3 を N = ΣiRmi に適用する。
最後の系の結論は、前もって M が有限生成であると仮定しなくても、I-進位相について M が完備かつ分離加群であると仮定すれば、成り立つ[7]。ここで分離性は I-進位相がT1分離公理を満たすことを意味する。これは
- Atiyah, Michael F.; MacDonald, Ian G. (1969). Introduction to Commutative Algebra. Reading, MA: Addison-Wesley. MR0242802
- Azumaya, Gorô (1951). “On maximally central algebras”. Nagoya Mathematical Journal 名古屋数学雑誌 2: 119–150. ISSN 0027-7630. MR 0040287.
- Eisenbud, David (1995). Commutative algebra. Graduate Texts in Mathematics. 150. Berlin, New York: Springer-Verlag. ISBN 978-0-387-94268-1. MR 1322960
- Griffiths, Phillip; Harris, Joseph (1994). Principles of algebraic geometry. Wiley Classics Library. New York: John Wiley & Sons. ISBN 978-0-471-05059-9. MR 1288523
- Hartshorne, Robin (1977). Algebraic Geometry. Graduate Texts in Mathematics. 52. Springer-Verlag.
- Isaacs, I. Martin (1993). Algebra, a graduate course (1st ed.). Brooks/Cole Publishing Company. ISBN 0-534-19002-2. MR 1276273
- Jacobson, Nathan (1945). “The radical and semi-simplicity for arbitrary rings”. American Journal of Mathematics 67 (2): 300–320. doi:10.2307/2371731. ISSN 0002-9327. JSTOR 2371731. MR 0012271.
- Lam, Tsi-Yuen (2001). A First Course in Noncommutative Rings. Graduate Texts in Mathematics. 131 (2nd ed.). New York: Springer-Verlag. ISBN 978-1-4419-8616-0
- Hideyuki, Matsumura(松村英之) (1989). Commutative ring theory. Cambridge Studies in Advanced Mathematics. 8 (2nd ed.). Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-36764-6. MR 1011461
- Nagata, Masayoshi (1975) [1962]. Local rings. Robert E. Krieger Publishing Co., Huntington, N.Y.. ISBN 978-0-88275-228-0. MR 0460307.
- Nakayama, Tadasi (1951). “A remark on finitely generated modules”. Nagoya Mathematical Journal 名古屋数学雑誌 3: 139–140. ISSN 0027-7630. MR 0043770. ケンブリッジ大学出版局により2016年1月22日にウェブdoi:10.1017/S0027763000012265で公開。
関連項目
関連文献
- 中山正『局所類体論』、岩波書店〈岩波講座数学9 別項〉、1935年。 NCID BN14766638。
- 中山正『代数系と微分 : 代数学よりの二三の話題』、河出書房〈数学集書4〉、1948年。 NCID BN04295422。
- 中山正、東屋五郎『環論』、岩波書店〈現代数学5 代数学 2〉、1954年。 NCID BN02068361。
- 松島与三、秋月康夫、永田雅宜、中山正『リー環論 . 近代代数学 . ホモロジー代数学』、服部昭(編)、共立出版〈現代数学講座[6]〉、1956年。 NCID BN04204212。
中山の補題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/02 17:14 UTC 版)
詳細は「中山の補題」を参照 補題は非可換単位的環 R 上の右加群に対しても成り立つ。結果の定理は ジャコブソン・東屋の定理 (Jacobson–Azumaya theorem) と呼ばれることもある。 J(R) を R のジャコブソン根基とする。U が環 R 上の右加群で I が R の右イデアルであれば、U·I を u·i の形の元のすべての(有限)和の集合、ただし · は単純に R の U 上の作用、と定義する。U·I は U の部分加群である。 V が U の極大部分加群であれば、U/V は単純加群である。なので U·J(R) は J(R) の定義と U/V が単純であるという事実によって V の部分集合である。したがって、U が少なくとも1つの(真の)極大部分加群を含めば、U·J(R) は U の真の部分加群である。しかしながら、これは R 上の任意の加群 U に対しては成り立つとは限らない、というのも U が極大部分加群を含まないこともあるからだ。もちろん、U がネーター加群であれば、これは成り立つ。R がネーター環であり U が有限生成であれば、U は R 上のネーター加群であり、結論が成り立つ。注目すべきなのはより弱い仮定、すなわち U が R-加群として有限生成(R についての有限性の仮定はない)で結論を保証するのに十分であるということである。本質的にこれが中山の補題のステートメントである。 正確に言えば、 中山の補題: U を環 R 上の有限生成右加群とする。U が 0 でなければ、U·J(R) は U の真の部分加群である。
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