世界初の水素気球
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 01:21 UTC 版)
「ジャック・シャルル」の記事における「世界初の水素気球」の解説
約100年前の1662年にロバート・ボイルが発表した「ボイルの法則」や同時代のヘンリー・キャヴェンディッシュやジョゼフ・ブラックらの業績を学んだシャルルは、水素が気球を持ち上げるのに適していると考えた。彼は乗り物を設計し、ロベール兄弟に製作を依頼。彼らはパリのヴィクトワール広場にあった工房で気球を作り始めた。軽くてガスが漏れない気球を作るため、彼らはゴムをテレピン油に溶かし、絹のシートにそれを塗ったものを縫いあわせるという製法を考案した。もともとの絹布は赤と白だったが、ゴムを塗ったことで赤と黄色になった。 1783年8月27日、シャルルとロベール兄弟はシャン・ド・マルス公園(現在はエッフェル塔が建っている)で世界初の水素入り気球の飛行試験を行った。観衆の中には当時77歳のベンジャミン・フランクリンもいた。このときの気球は径が約4mで体積33m3と小さく、9kg程度の荷重しか持ち上げられなかった。気球に詰める水素は、0.25トンの硫酸を0.5トンの鉄くずに注いで発生させた。そうして発生した水素を鉛の管を通して気球に詰めた。しかし、水素を一旦水に通して冷やすという工程を省いたため、熱い水素が気球に入れられてから冷却されて収縮したため、気球を膨らませるのに苦労した。気球が膨らんでいく様子は毎日告知され、26日には大勢の観衆がヴィクトワール広場に集まっていた。このためシャン・ド・マルス公園への運搬は深夜に行われた。 気球は北方に漂っていき、馬に乗った人々がそれを追跡した。すると45分後に21km離れたゴネスに着陸した。ゴネスの村人は落ちてきた気球を恐れ、熊手やナイフでそれを引き裂いてしまった。なお、このプロジェクトの資金は Barthelemy Faujas de Saint-Fond が寄付を募って集めた。
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