リアシュエロ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 14:00 UTC 版)
「南アメリカの建艦競争」の記事における「リアシュエロ」の解説
ブラジル政府はリオデジャネイロを売却した後、アームストロング社とヴィッカース社に新しい戦艦の設計を準備するよう求めた。このことはブラジルの海軍連盟(Liga Maritima)に強く支持された。アームストロング社はブラジルからの更なる支払いなく建艦することに同意した。ヴィッカースは1913年12月から1914年3月にかけて設計案を6件提出、アームストロング社も1914年2月に8件提出した。ヴィッカース社の設計では15インチ砲が8から10門、16インチ砲が8門で、排水量は26,000から30,500トンであり、速度は22から25ノットである(より遅い船は混焼で、より速い船は石油を使用した)。アームストロング社は15インチ砲8門と10門という2つの基本設計に速度と燃料を変更して8件の設計を作った。 多くの二次出典はブラジルが戦艦を注文したことに言及せず、Conway's All the World's Fighting Shipsという軍艦の百科事典では「ブラジルは4つの設計から選ばなかった」とまで言及した。ブラジル政府はデザイン781(Design 781)と名付けられた設計を選んだ。この設計は当時イギリスが建造していたクイーン・エリザベス級戦艦とリヴェンジ級戦艦にもみられる特徴を有していた。1914年5月12日、ブラジルはこの設計を採用する軍艦1隻を注文、アームストロング社のエルスウィック造船所で建造するとした。予定の起工日は9月10日で、原材料も一部準備されたが、1914年8月に第一次世界大戦が勃発したことで計画が遅れた。結局、リアシュエロの建設は1915年1月14日に正式に中止、5月13日には完全に取り消された。
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