ヨークタウン撃沈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/16 07:27 UTC 版)
ミッドウェー海戦で南雲機動部隊が大損害を受けたことを知った連合艦隊司令部は、「伊一六八潜」にミッドウェー島の砲撃を命じる。「伊一六八潜」は6月2日以来ミッドウェー島の敵情偵察にあたっていたが、6月5日午後10時半ごろサンド島を砲撃している。翌6月6日、重巡「筑摩」の水上偵察機がヨークタウン型空母を発見し、同司令部は午前6時45分に第六艦隊司令長官・小松輝久にミッドウェー島の周囲にあった「伊一六八潜」をして同空母を撃沈するよう命ずる。しかしサンド島を砲撃したことで米海軍の制圧を受け浮上できなかった「伊一六八潜」は命令に応ずるのが遅れ、指定された地点に到着したのは6月7日午前1時過ぎである。敵艦を発見した田辺は襲撃運動を展開。水中速力3ノットで接近し、探信音が頻繁に感知される厳重な警戒を突破した。田辺は空母が傾斜した左舷からの攻撃をあきらめ、右舷を目標に距離1200メートルから魚雷を4本発射した。魚雷は空母へ3発(アメリカ側では2発)、駆逐艦へ1発命中し両艦を撃沈した。その後艦長は爆雷を避ける為に潜水艦を米空母ヨークタウンの真下に潜めさせて米駆逐艦の5時間にわたる爆雷攻撃から離脱した、日本への帰投は6月19日であった。
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