ヒョードル戦
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8月28日、PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦でついにエメリヤーエンコ・ヒョードルの持つヘビー級王座に挑戦。「21世紀最初の世紀の一戦」と評されたこの試合で、ヒョードルはオランダのルシアン・カルビンの下で特訓した打撃で攻め込み、ミルコはバックステップで下がりながらも打撃をヒットさせるが、1R中盤にテイクダウンを奪われるとそこから一気にヒョードルペースとなる。2、3Rはスタンドでもヒョードルにリードされた。ミルコはヒョードルの攻撃にガードポジションで耐えたものの、ヒョードルの優位は動かず判定0-3で敗れ、王座獲得に失敗した。 10月23日、PRIDE.30でジョシュ・バーネットと再戦。「ミルコには間合いを空けずプレッシャーをかけ続ければ良い」という持論をバーネットが実践、打撃が思うように出せず劣勢に立たされるが、終盤にスタンドでパンチを集めることに成功し、3-0で判定勝利を収めた。大晦日はPRIDE 男祭り 2005において、2004年からPRIDEへ参戦したマーク・ハントとのストライカー頂上対決が組まれるも足首の負傷と体調不良による高熱により序盤から調子が上がらず、ハントに主導権を握られる。左ハイキックを完璧にヒットさせる場面もあったが1-2で判定負けを喫し、K-1時代のリベンジを許してしまった。足首の負傷のためかこの試合ではミルコにしては珍しくレスリングシューズを履いて試合を行った。
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