ニュートン書簡集
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「アイザック・ニュートン・ウォロップ (第5代ポーツマス伯爵)」の記事における「ニュートン書簡集」の解説
著名な科学者であるアイザック・ニュートン(1727年没)の死後、その書簡集はまずニュートンの異母妹ハンナの娘キャサリン・バートン(英語版)(1739年没)とバートンの夫ジョン・コンデュイット(英語版)(1737年没)が継承したが、2人の死後は娘キャサリン・コンデュイット(Catherine Conduitt、1750年4月15日没)が継承した。キャサリン・コンデュイットは1740年にジョン・ウォロップ閣下(英語版)と結婚、第2代ポーツマス伯爵ジョン・ウォロップなどの子女をもうけた。コンデュイット家は書簡集のうち神学に関連するものを出版に向けて整理したが(1872年にオックスフォード大学ユニヴァーシティ・カレッジ(英語版)が入手した)、それ以外の書簡は第2代ポーツマス伯爵が継承、1世紀後の第5代ポーツマス伯爵の時期でもポーツマス伯爵家が保有した。 1872年、ポーツマス伯爵はジョン・クーチ・アダムズとジョージ・ガブリエル・ストークスの説得に応じて、書簡集のうち科学との関連がみられるものをケンブリッジ大学に寄贈、それ以外は貸与にのみ応じた。アダムズやストークスらケンブリッジ大学の学者は16年間かけて書簡集を研究し、書簡集のカタログを作成した後、一部を除いて大半をポーツマス伯爵に返還した。書簡集は第5代ポーツマス伯爵の最晩年にあたる1891年に火事に遭ったが、間一髪で失われずに済んだ。以降ニュートン書簡集は第6代から第8代ポーツマス伯爵の手に残ったが、1936年にサザビーズで競売にかけられ、ジョン・メイナード・ケインズら3人が落札した。
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