ナビゲーターの変遷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/23 23:27 UTC 版)
「ZIP HOT 100」の記事における「ナビゲーターの変遷」の解説
1993年10月 - 1994年9月 / ケンカワシマ 1994年10月 - 2006年3月26日 / 小林克也 2006年4月2日 - 2010年8月22日、2011年1月2日 - / 鉄平2010年8月29日 - 2010年12月26日、2020年9月13日・9月20日、2021年11月21日・11月28日 / デイル 2022年2月6日 / 南城大輔 初代ミュージックナビゲーターを務めたケンカワシマは、小林克也の紹介であった。開局当初の予想を超える高い聴取率を自身の手柄だとして、法外な出演料を要求、対して局側は「開局当初は物珍しさで聴取率は高いのが普通」としてそれを拒否。それでも姿勢を崩さなかったカワシマに辟易した局側は、契約を打ち切った。 この一件に責任を感じた小林は『新しいナビゲーターが見つかる間まで』の期間限定で同番組のナビゲーターを務める。ところが、このナビゲーター変更は小林の予想以上の好反響で、局側の意向もあり、10年以上に渡り継続することとなった。 小林自身が毎週東京と名古屋を行き来しながらそれぞれ長時間に渡る番組に挑むことに体力の限界を感じ始め、局に降板を打診。局側も了承し、2006年3月26日放送をもって降板した。翌週からはMTVジャパンで活躍した鉄平が抜擢された 小林時代の数多くの人気コーナー(涙のリクエスト、THE 生年月日、ショートコント〔コバえもん、小林家三平といったキャラを生み出した〕、ミッキーのクイズ、言論の自由など)は終了。特別コーナーとしてはクイズのみが残され、新コーナー追加、及び各曲を流す時間を伸ばしたり、トークやレター紹介を増やした形式になった。現在ではコーナーの多くが鉄平の趣味を反映したものとなっている。 2010年8月22日の放送で鉄平が自らの病気を公表、療養にあたることになり、その間の代役をデイルが務めた。 同年12月26日の放送で鉄平が出演、退院を報告。翌年2011年1月2日から正式に番組復帰した。 2020年9月13日の放送でも鉄平と共に行動していた仲間が発熱を公表、仲間の療養を見守ることになり、その間はデイルが再度代役を務めた。 同年9月27日の放送で正式に2度目の番組復帰した。
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