ドイツの例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 08:48 UTC 版)
中央銀行の独立性がもたらした弊害の最悪の事例として、第一次世界大戦後のヴァイマル共和政のハイパーインフレーションが挙げられる。当時のドイツ国の中央銀行であるライヒスバンクは政府からの独立性は高く、総裁は第二帝政期を引き継いで終身制であり、宰相には任命権は有っても罷免権は無く、国会(ライヒスターク)は総裁人事に関与できなかった。 そのため、私企業の手形割引を濫発して通貨が大増発(いわゆる「パピエルマルク」)され、1兆倍のインフレーションが発生し、日常の経済活動遂行にも障害が発生した。政府はハイパーインフレーション抑制のため、当時のライヒスバンク総裁ルドルフ・ハーヴェンシュタイン(ドイツ語版)の罷免を考えたが、終身制に阻まれ実現できなかった。 1923年11月20日にルドルフ・ハーヴェンシュタインは急死するが、その1週間前に国内の土地を担保とする新通貨の発行に拠るインフレーションの収束を主張してきたダルムシュタット及び国家銀行(ドイツ語版)(Darmstädter und Nationalbank)頭取ホレス・グリーリー・ヒャルマル・シャハト(ドイツ民主党の結党メンバーでもあった)が、フリードリヒ・エーベルト大統領より新設された国家通貨委員(Reichswährungskommissar)に任命された。シャハトの協力に拠ってレンテン銀行(Deutsche Rentenbank )が設立され、国内の土地を担保とする新通貨レンテンマルクの発行により、インフレーションが収束した。シャハトは同年12月にライヒスバンク総裁に就任している。
※この「ドイツの例」の解説は、「中央銀行」の解説の一部です。
「ドイツの例」を含む「中央銀行」の記事については、「中央銀行」の概要を参照ください。
- ドイツの例のページへのリンク