トニ・ガルデマイスターとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 工学 > 大車林 > トニ・ガルデマイスターの意味・解説 

トニ・ガルデマイスター

英語 Toni Gardemeister

1975年3月31日、フィンランド・コウボラ生まれラリー始めると同時にフィンランド自動車連盟後押しを受け、96年サニーGTIWRCデビュー97年にはセアトワークスのイビザ・キットカーでWRC出場98年ニュージーランドではセアト・コルドバWRC3位入賞果たし99年セアトWRCプログラムのレギュラードライバーとなる。しかし、セアト撤退2001年シーズンワークスシート失いフィンランド若手期待の星もプライベートチームからの出場甘んじることになった02年からはシュコダドライバーとして再びマニュファクチャラーズチームのシート得ている。

トニ・ガルデマイスター

※「大車林」の内容は、発行日である2004年時点の情報となっております。

トニ・ガルデマイスター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/15 21:02 UTC 版)

トニ・ガルデマイスター
基本情報
国籍  フィンランド
生年月日 (1975-03-31) 1975年3月31日(47歳)
出身地 フィンランド コウヴォラ
WRCでの経歴
活動時期 19962010
所属チーム セアト, 三菱,シュコダ,フォードスズキ
出走回数 112
チャンピオン回数 0
優勝回数 0
表彰台回数 6
ステージ勝利数 16
通算獲得ポイント 128
初戦 1996 ラリー・フィンランド
最終戦 2010 ラリー・フィンランド
テンプレートを表示

トニ・ガルデマイスター(Toni Gardemeister 1975年3月31日-)は、フィンランドラリードライバー。コウヴォラ生まれ。

略歴

WRCでの活動

1996年世界ラリー選手権(WRC)に初参加。

1998年セアトと契約。1999年はセアト・コルドバで5戦に出場。ニュージーランドでは自身初の総合3位を獲得。セアト初の表彰台ともなった。2000年はセアトのナンバー2としてWRCに初のフル参戦。ラリー・モンテカルロで総合4位に入った。

2001年はセアトが撤退したため、プライベーターのプジョー206 WRCでモンテカルロ、スウェーデンの2戦に出場。モンテカルロは5位、スウェーデンは4位に入った。シーズン後半は三菱とスポット契約し、フィンランドニュージーランドの2戦に出場。しかしフィンランドではクラッシュ、ニュージーランドでは15位に終わった。

2004フィンランド

2002年シュコダと契約しワークス復帰を果たす。しかしオクタビアWRCの熟成不足で上位進出が出来ず、この年の最高位はアルゼンチンの5位だった。2003年も引き続きシュコダから出場。シーズン前半のニュージーランドでは総合5位に入る。シーズン後半はファビアWRCで出場するも、苦戦を強いられノーポイントに終わる。 2004年もシュコダから出場するも、予算削減によりヨーロッパラウンドのみに出場した。この年はフィンランドで8位、ドイツは7位に入賞した。

2005年フォードへ移籍。開幕2戦を終えた時点でドライバーズランキング首位に立った。モンテカルロ、アクロポリスコルシカで自己最高位の総合2位を獲得する。ドライバーズランキングでは自身最高の4位を得た。

2006年はフォードを放出され、再びプライベーターとしてシーズンを戦った。モンテカルロにはプジョー307 WRCで出場し3位入賞、その後はマシンをクサラWRCに替えアクロポリス、ドイツ、キプロスに出場。プライベーターながらドライバーズタイトル9位に入った。

2007年はMMSP(三菱自動車モータースポーツ)から、モンテカルロ、スウェーデン、ノルウェー、ポルトガル、サルディニアの5戦に出場。ドイツではプライベーターのクサラWRCを駆り出場。7位に入った。

2008ドイツ

2008年にはスズキワークス・チームであるスズキスポーツに移籍し、SX4でWRCにフル参戦したが、世界的な景気後退の影響を受けスズキが同年限りでWRCでのワークス活動を打ち切ることを決定したため、1年でシートを失った。

IRC〜現在

2009年インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ(IRC)を中心に参戦する方針で、ラリー・モンテカルロにはフィアット・プントで参戦したがリタイアに終わった。

2010年も同じくラリー・モンテカルロにフィアット・プントで参戦。リタイアに終わる。

2011年は自チーム「TGS Worldwide OU」を設立(TGSはトニ・ガルデマイスター・サービスの略)。シュコダ・ファビアS2000を購入してIRCに参戦。出場した8戦全てでポイントを獲得しランキング9位に入った。

2012年はハンコックタイヤの支援を失ったためファビアを売却し、三菱車でラリーレイドへ参戦。しかしシルクウェイラリーで骨折の大怪我を負ってしまった。

回復後はファビアのラリーカー(R5、R5EVO、Rally2)を用いてTGSのチーム運営をしている。テーム・スニネンポンタス・ティデマンドカッレ・ロバンペラはTGSの卒業生である。

脚注

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「トニ・ガルデマイスター」の関連用語

トニ・ガルデマイスターのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



トニ・ガルデマイスターのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
三栄書房三栄書房
Copyright c San-eishobo Publishing Co.,Ltd.All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのトニ・ガルデマイスター (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS