デビューから12試合連続KO勝ち
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/19 04:17 UTC 版)
「元木浩二」の記事における「デビューから12試合連続KO勝ち」の解説
1980年(昭和55年)新春、後楽園ホールにおいてバンタム級でデビュー。1階級軽いフライ級のリミット上限にすら達しないウエイトでリングに上がるも判定勝利でデビュー戦を飾る。格闘技専門誌月刊ゴングでは「この日の後楽園ホールで、特に目を引いたのがデビュー戦の元木浩二、肘打ち膝蹴りも使えるオールラウンドプレーヤーのウルトラ新人」と掲載された。 デビューから3戦目には、元木の所属するバンタム級より1階級重い日本フェザー級3位の東海太郎(東海)と対戦。東海は元木の鋭い左ストレートを受け、1ラウンド1分24秒で失神しKO負けを喫する。東海は担架搬送となり、観客の予想を大きく裏切った。月刊誌 Number23 には「飛びヒザ蹴りのキックボクサー元木浩二はツッパリ忘れた 18 歳、暴走族に目もくれず、校内暴力の暇もなく、キックの道をまっしぐら!第二の沢村忠を目指す!」と掲載された。 その後も勝利を積み重ね12戦12勝 (12KO) の戦績を残したが、当時10代後半であった元木は急激な身体成長期にあり、バンタム級に留まるために過酷な減量に苦しむこととなる。そのため13戦目ではベストコンディションとはいかず判定での勝利となり、連続KOの記録更新は途絶えることとなった。
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