コンピュータランド
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/23 15:36 UTC 版)
「IMSアソシエイツ」の記事における「コンピュータランド」の解説
詳細は「en:ComputerLand」を参照 1976年にザイログ社がZ80を発表したことで、8080マシンの優位性に終止符が打たれた。この新しいチップは、命令セットが改良され、高速クロックが可能になり、オンチップDRAMリフレッシュが可能になったからである。それからすぐにIMSAIの売上が激減したことから、1977年、ミラードは会社をコンピュータ製造会社からコンピュータ販売会社へと転換させることを決意した。コンピュータ販売店のフランチャイズチェーン、「コンピュータシャック」(Computer Shack)を設立したが、既存の家電販売店チェーン・ラジオシャックからの抗議を受けて「コンピュータランド」(ComputerLand)に名称を変更した。 コンピュータランドでは、IMSAI 8080だけでなく、アップル、ノーススター・コンピュータ(英語版)、クロメンコ(英語版)などの他社のコンピュータも販売していた。IMSAI 8080はそれに比べて売れ行きが悪く、IMSAIはオールインワンコンピュータのIMSAI VDP-80を開発したが、これはあまり機能しなかった。多くのフランチャイズ販売店は、IMSAI 8080などの人気を維持していた一部の製品を除き、ほとんどのIMSAI製品の販売を拒否した。コンピュータランドの拡張資金のためにIMSAI社の資産のほとんどが収奪(英語版)されたことと、ミラードの注意が散漫になったことから、IMSAI社は「テールスピン」の状態に陥り、1979年10月に破産を申請した。 IMSAIの商標は最終的に、IMSアソシエイツ社の初期からの従業員で、会社が解散した後も継続的なサポートを行っていたトッド・フィッシャーとナンシー・フライタスによって取得された。1978年10月よりフィッシャー・フライタス社の一部門としてIMSAIの名前でコンピュータの製造が続けられた。初期のIMSAIシステムのサポートは、同社によって継続されている。コンピュータランドの店舗は、IBMが1984年に8ビットISAバスを放棄するまで、IBMコンピュータの小売店として存続した。フランチャイズの店舗は、ミラードとの法定での争いの末に独立した。
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